基礎疾患を持つ方のための睡眠時無呼吸症候群の手術について ―安全性と選択肢を徹底解説―

「睡眠時無呼吸症候群の手術を勧められたけれど、高血圧や糖尿病などの持病があるから心配…」そのような不安を抱えている方は少なくありません。
確かに基礎疾患をお持ちの方にとって、手術は慎重な判断が必要です。
しかし、適切な術前検査と専門チームによる管理があれば、安全に手術を受けていただくことも十分に可能です。
この記事では、基礎疾患をお持ちの40〜60代の方に向けて、睡眠時無呼吸症候群の手術について、そのリスクと安全性、治療選択肢を詳しく解説します。
1. 睡眠時無呼吸症候群と手術治療の基礎知識
まずは睡眠時無呼吸症候群がどのような病気なのか、そしてなぜ手術治療が必要になることがあるのかについて、基本的なことからご説明します。
1-1. 睡眠時無呼吸症候群とは
睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、睡眠中に呼吸が一時的に止まってしまう病気です。
この病気は、眠りに入ると呼吸が止まってしまい、血液中の酸素濃度が低下するため身体が危険を感じて目を覚まし、再び呼吸を始めます。
しかし、また眠りに入ると同じことを繰り返すのが特徴です。
夜中に何度も目を覚ますことで睡眠の質が著しく低下し、日中の強い眠気や集中力の低下、さらには高血圧や心疾患などの生活習慣病のリスクも高まってしまいます。
【参考情報】『睡眠時無呼吸症候群 / SAS』厚生労働省 e-ヘルスネット
https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/dictionary/heart/yk-026.html
1-2. なぜ手術治療が必要なのか
睡眠時無呼吸症候群の治療では、まずCPAP(シーパップ)療法や口腔内装置(マウスピース)などの、身体への負担が少ない保存的治療から始めることが一般的です。
しかし、以下のような場合には手術治療が検討されることがあります。
・CPAPやマウスピースが使用できない、または効果が不十分な場合
・明らかな身体の構造的な問題(扁桃肥大、鼻づまりなど)がある場合
・患者さんご自身が手術治療を強く希望する場合
手術は確かに身体への負担がありますが、適切に行われれば症状の根本的な改善が期待できる治療法でもあります。
1-3. 無呼吸低呼吸指数(AHI)による重症度の判定
睡眠時無呼吸症候群の診断や治療効果を判定する際に、最も重要な指標となるのが「無呼吸低呼吸指数(AHI:Apnea-Hypopnea Index)」です。
※AHIとは… 1時間あたりに無呼吸(呼吸が完全に止まること)と低呼吸(呼吸が浅くなること)が合わせて何回起こるかを表す数値のこと。
睡眠ポリグラフィー検査という専門的な検査で測定されます。
重症度の分類
日本呼吸器学会のガイドラインでは、AHIの数値によって以下のように重症度を分類しています。
・正常範囲:AHI 5未満…治療の必要はありません
・軽症:AHI 5以上15未満…症状に応じて治療を検討します
・中等症:AHI 15以上30未満…積極的な治療が推奨されます
・重症:AHI 30以上…早急な治療が必要です
AHIの数値は、どの治療法を選択するかの重要な判断基準となります。
中等症以上(AHI 15以上)の場合は、CPAP療法が第一選択として推奨され、重症(AHI 30以上)の場合は、より積極的な治療が必要となります。
また、手術の効果判定においても、AHIが手術前と比べてどの程度改善したかが、治療成功の重要な指標となります。
一般的に、手術後のAHIが20未満、かつ手術前の50%以下に改善した場合を「手術成功」と判定することが多いです。
【参考文献】”What Is Sleep Apnea?” by National Heart, Lung, and Blood Institute (NHLBI)
https://www.nhlbi.nih.gov/health/sleep-apnea
【参考文献】”Obstructive Sleep Apnea” by American Academy of Sleep Medicine (AASM)
https://aasm.org/resources/factsheets/sleepapnea.pdf
2. 手術の種類と特徴
睡眠時無呼吸症候群に対する手術には、いくつかの種類があります。
主な手術法は以下の通りです。
2-1. 口蓋垂軟口蓋咽頭形成術(UPPP)
口蓋垂(こうがいすい・のどちんこ)や扁桃腺、軟口蓋(なんこうがい・上あごの柔らかい部分)の一部を切除して気道を広げる手術です。
最も一般的な手術法の一つです。
効果:適切な症例では、無呼吸低呼吸指数(AHI)を53.3から21.1に改善したという報告があります。
入院期間:約1週間
2-2. 扁桃摘出術
肥大した扁桃腺を摘出する手術です。
扁桃肥大が主な原因の場合に、とても効果的な治療法です。
効果:お子様では75~100%の治癒率が報告されており、成人でも良好な治療成績が得られています。
費用:保険適用で約3万円~5万円(3割負担の場合)
2-3. 鼻手術(鼻中隔矯正術など)
鼻づまりが原因で口呼吸になりやすい方に対して、鼻の通りを良くする手術です。
鼻の骨格を整えたり、鼻の中の構造を改善したりします。
AHIの大幅な改善は期待できない場合もありますが、日々の生活の質(QOL)向上が期待できます。
CPAP両方への効果:鼻手術を行うことで、CPAP使用時の圧力を下げることができ、より快適に装置を使用していただけるようになります。
結果として使用時間も延長され、治療効果の向上につながります。
【参考情報】『睡眠時無呼吸症候群(SAS)の診療ガイドライン2020』日本呼吸器学会
https://www.jrs.or.jp/publication/jrs_guidelines/20200730145402.html
3. 基礎疾患を持つ方の手術リスクと安全性
高血圧、糖尿病、心疾患などの基礎疾患をお持ちの方が最も気になるのは、やはり手術の安全性についてではないでしょうか。
ここでは、正確なデータに基づいて、リスクと安全性について詳しくご説明します。
3-1. 具体的なリスクについて
睡眠時無呼吸症候群の患者さんは、手術の前後(周術期)に以下のような特有のリスクがあることが知られています。
・麻酔や鎮静薬…お薬の作用で気道をさらに狭くし、無呼吸を一時的に悪化させる可能性があります。
・術後の痛み止め(特にオピオイド系鎮痛薬)…呼吸を抑制する作用があるため注意が必要です。
・術後の合併症のリスク…術後の呼吸に関する合併症や心臓に関する合併症の頻度が、一般の方よりもやや高くなります。
ただし、これらのリスクは事前にしっかりと把握し、適切な対策を講じることで大幅に軽減することができます。
3-2. 統計データから見る実際のリスク
日本呼吸器学会のガイドラインによると、睡眠時無呼吸症候群の手術における合併症の発生率は以下の通りです。
手術合併症の統計(メタ解析結果)
1.5%
合併症発現率
0.2%
死亡率
12.5%
麻酔関連事象
これらの数字を見ると、決して高いリスクではないことがお分かりいただけるかと思います。
特に死亡率は0.2%と非常に低く、適切な管理下では安全に手術を行えることが示されています。
3-3. 基礎疾患別のリスクと対策
・高血圧をお持ちの方
手術によるストレスで血圧が不安定になりやすく、心血管系の合併症リスクがやや高まります。
しかし、睡眠時無呼吸症候群の治療により血圧改善も期待できるという、良い一面もあります。
・糖尿病をお持ちの方
術後の傷の治りがやや遅くなりやすく、感染のリスクもやや高くなる傾向があります。
また、手術ストレスにより血糖値が不安定になる可能性があります。
・心疾患をお持ちの方
心停止や不整脈などの重篤な合併症を1.0%で認めるという報告があります。
特に慎重な術前評価と手術前後の丁寧な管理が必要になります。
どの持病をお持ちの方も、術前にしっかりとコントロールし、手術中も細かく管理することで、安全に手術を行うことができます。
気になること・不安なことは、医師に相談してみるとよいでしょう。
◆「睡眠時無呼吸症候群と糖尿病の関係性とは?治療法も解説!」>>
【参考文献】”Safety of outpatient non-upper airway surgery for patients with obstructive sleep apnea” by PLoS One (PROSPERO-registered systematic review)
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0326704
4. 術前評価の重要性と安全な手術のために
基礎疾患をお持ちの方が安全に手術を受けるためには、徹底した術前評価が欠かせません。日本麻酔科学会も、睡眠時無呼吸症候群患者の術前評価の重要性を強調しています。
4-1. 必要な検査と評価項目
術前評価で行うチェック項目
全身状態の評価
• 心電図・胸部X線検査
• 血液検査(肝機能・腎機能)
• 血糖値・HbA1c
• 血圧測定・心エコー
睡眠呼吸の評価
• 睡眠ポリグラフィー検査
• 気道の内視鏡検査
• CT・MRI検査
• 肺機能検査
4-2. 専門チームによる管理体制
睡眠時無呼吸症候群の手術には、以下のような経験豊富な専門チームによる連携した管理が必要です。
・睡眠医学に精通した麻酔科医:気道管理と周術期リスク管理
・耳鼻咽喉科医:上気道の手術と術後管理
・呼吸器内科医:呼吸管理と長期フォローアップ
・内科医:基礎疾患の管理と全身状態の評価
このような多職種の専門家チームが連携することで、皆さまに最も安全で効果的な治療を提供できるのです。
4-3. 手術を安全に受けるための準備
手術前にできること
・基礎疾患の状態を最適にコントロールしておく
・減量(可能であれば)により手術リスクを下げる
・禁煙・禁酒により術後の回復を促進する
・現在服用している薬剤について詳しく医師に報告する
【参考情報】『よくある術前合併症 – 睡眠時無呼吸をお持ちの方』日本麻酔科学会
https://anesth.or.jp/users/common/preoperative_complications/4
【参考文献】”Practice Guidelines for the Perioperative Management of Patients with Obstructive Sleep Apnea” by American Society of Anesthesiologists
https://www.asahq.org/~/media/sites/asahq/files/public/resources/standards-guidelines/practice-guidelines-for-the-perioperative-management-of-patients-with-obstructive-sleep-apnea.pdf
5. 手術以外の治療法との比較
手術治療を検討される前に、まずは「保存的治療法」について理解しておくことも重要です。
多くの場合、これらの治療法から始めることが推奨されています。
5-1. CPAP(シーパップ)療法の効果と限界
CPAP療法について
CPAP(持続気道陽圧)療法は、睡眠中に鼻に装着したマスクから適切な圧力の空気を送り込み、気道の閉塞を防ぐ治療法です。
メリット
• 非侵襲的(身体に負担にならない方法)で安全性が高い
• 即効性がある
• 生活習慣病の改善効果
• 保険適用で月約5,000円程度
デメリット
• 毎晩欠かさずにマスクの装着が必要
• マスクの違和感や圧迫感を感じることがある
• 鼻づまりがある時は使用困難になる
• 出張や旅行時の携帯
5-2. 口腔内装置(マウスピース)療法
就寝時に下顎を前方に移動させる専用の装置を装着し、気道を広げる治療法です。
軽度から中等度の睡眠時無呼吸症候群に効果的です。
マウスピース療法の特徴
• AHI 5以上で保険適用
• 携帯性に優れ、旅行時も便利
• CPAPが使用できない方の代替治療
• 顎関節症などの副作用が起こることがあるので注意が必要
5-3. 治療選択のガイドライン
治療選択の流れ
1. まずは生活習慣の改善から
~減量、禁煙、寝る時の体位の工夫など、日常生活でできることから始めます~
2. 中等症以上の場合はCPAP療法が第一選択
~最も効果的で安全性の高い治療法として推奨されています~
3. CPAP療法が困難な場合は口腔内装置を検討
~個人の状況に合わせた代替治療を選択します~
4. 保存的治療で効果が不十分な場合に手術を検討
~他の治療法を十分に試した後の選択肢として考慮します~
【参考情報】『2023年改訂版 循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン』日本循環器学会
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2023/03/JCS2023_kasai.pdf
【参考文献】”Consensus Statement on Selection of Patients With Obstructive Sleep Apnea Undergoing Ambulatory Surgery” by Society for Ambulatory Anesthesia (SAMBA)
https://www.sambahq.org/clinical-practice-guidelines
6.おわりに
基礎疾患をお持ちの方にとって、睡眠時無呼吸症候群の手術は確かに慎重な判断が必要です。
しかし、適切な術前評価と専門医療チームによる管理により、多くの方が安全に手術を受け、生活の質の改善を実感されています。
ただ手術に踏み切るのは、身体的なことだけではなく、精神的・経済的にも負担がかかることでしょう。
本文でもご説明した通り、睡眠時無呼吸症候群の治療には、CPAP療法や口腔内装置など、様々な治療選択肢があります。
大切なのは、あなたの症状や生活スタイル、基礎疾患の状態に最も適した治療法を見つけることです。
また、当院で行っている管理栄養士による栄養指導では、「自分にできることから少しづつ」、一人ひとりに合ったプランを作成させて頂いており、様々な悩みが改善されたという声もございます。
睡眠時無呼吸症候群でお悩みの方は、まずは専門医にご相談ください。
あなたに最適な治療法を、一緒に見つけていきましょう。