肺血栓塞栓症(はいけっせんそくせんしょう)」の基本情報
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肺血栓塞栓症は、血栓が肺動脈を塞ぐことで引き起こされる疾患です。
血栓は主に足の深部静脈で形成され、血流に乗って肺に到達することで症状を引き起こします。
長時間同じ姿勢を続けることでリスクが高まるのが特徴で、「エコノミークラス症候群」としても知られています。
主な症状は突然の呼吸困難や胸痛であり、適切な診断と迅速な治療が必要です。
この記事では、肺血栓塞栓症の特徴や症状、検査や治療、予防法についてご説明いたします。
1.肺血栓塞栓症の特徴
肺血栓塞栓症は、血栓が肺動脈を塞ぐことで発症する循環器の疾患です。
血栓は主に太ももやふくらはぎの静脈で形成され、血流に乗って肺まで運ばれます。
この血栓により、肺の血流が急激に遮断され、酸素の交換が妨げられることから、息苦しさや胸痛といった症状が突然現れます。
肺血栓塞栓症は深部静脈血栓症と密接に関わっています。
深部静脈血栓症は、下肢の深部静脈で血栓が形成される状態であり、これが進行して肺まで血栓が到達した状態が肺血栓塞栓症です。
つまり、深部静脈血栓症が進行して肺に影響を及ぼすと、肺血栓塞栓症として症状が現れることになります。
肺血栓塞栓症のリスク因子にはさまざまなものがありますが主な要因として、以下が挙げられます。
長時間同じ姿勢でいること:たとえば、飛行機や長距離バス、車での移動時、入院時の長期安静など長時間姿勢を動かしにくい状態です。
凝固異常:血液が固まりやすい状態にある方、たとえばがん患者さんや、ホルモン治療を受けている方はリスクが高まります。
手術後:とくに整形外科手術などの術後は、血流が滞りやすく、血栓が形成されるリスクが増加します。
【参考文献】”Pulmonary Embolism” by MedlinePlus
https://medlineplus.gov/pulmonaryembolism.html
2.肺血栓塞栓症の症状
肺血栓塞栓症の症状は、それぞれの患者さんの状態や血栓の大きさによって大きく異なりますが、一般的な症状は以下のものです。
呼吸困難:突然の息切れや息苦しさが主な症状です。軽い運動でも息切れを感じる場合があります。
胸痛:呼吸をするときに胸の痛みが増すことがあり、呼吸するたびに鋭い痛みを感じることもあります。
咳:乾いた咳が特徴的ですが、時には血痰を吐くこともあります。
また、以下のような症状も見られることがあります。
起座呼吸(きざこきゅう):横になると息苦しくなるため、座った姿勢で呼吸を楽にしようとする状態になります。
ふくらはぎや太ももの痛み:深部静脈血栓症が原因となっている場合、脚に痛みや腫れが見られることがあります。
不整脈やショック:重症例では、不整脈や心拍の乱れ、ショック状態に陥ることがあります。
重症になると、生命を脅かす状況に至ることもあり、これらの症状が突然現れた場合には直ちに医療機関を受診することが重要です。
【参考文献】”Pulmonary embolism” by Mayo Clinic
https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/pulmonary-embolism/symptoms-causes/syc-20354647
3.肺血栓塞栓症の診断・検査
肺血栓塞栓症の診断は、症状がほかの疾患と似ているため、慎重な判断が必要です。診断は、以下のような検査手順で進められます。
<臨床症状の評価>
まず、患者さんの症状や病歴を詳しく確認します。とくに、息苦しさや胸の痛みがある場合は、肺血栓塞栓症の可能性が考えられます。
また、長時間座っていたり、最近手術を受けた方、がんの治療中の方など、リスクが高い要因も同時に考慮して確認します。
<画像検査>
肺血栓塞栓症の確定診断には、以下の画像検査が用いられます。
CT血管造影:肺の血管を撮影し、血栓の有無を確認します。肺血栓塞栓症の診断において、最も一般的かつ有効な方法です。
換気血流シンチグラフィー:CT血管造影が禁忌の患者さんや、CTでは異常が見つからなかった場合に行います。
<血液検査>
D-ダイマー検査:血栓が分解される際に生成される物質を調べる検査です。数値が高い場合、肺血栓塞栓症の疑いが強まります。
<心エコー検査>
心エコー:右心室への負荷がかかっていないかを確認するために行われます。重症例では心臓に負担がかかっていることが確認できます。
<その他の検査>
下肢の超音波検査:深部静脈血栓症が原因となっている可能性があるため、脚の静脈を超音波で確認します。
なお、新型コロナウイルス(COVID-19)の感染が拡大したことにより、肺血栓塞栓症の診断や治療にも新しい対策が必要になっています。
新型コロナウイルスで重症化した患者さんは、血栓ができやすくなることが示唆されているためです。そのため、いち早く血栓を早く見つけるための診断とスムーズな治療開始がとても大切です。
【参考情報】”Pulmonary Embolism” by Penn Medicine
https://www.pennmedicine.org/for-patients-and-visitors/patient-information/conditions-treated-a-to-z/pulmonary-embolus
4.肺血栓塞栓症の治療
肺血栓塞栓症の治療は、血栓の大きさや数、患者さんの症状の重症度によって異なります。ここからは、主な治療法についてご紹介しましょう。
<抗凝固療法>
最も一般的な治療法です。血液を固まりにくくする薬を使って新たな血栓の形成を防ぎます。主に使用される薬剤は以下の通りです。
ヘパリン:即効性のある注射薬です。
経口抗凝固薬(ワルファリンや直接経口抗凝固薬[DOAC]):長期間使う飲み薬です。最近では、直接経口抗凝固薬が使用されることが多くなっています。
とくにがん患者さんでは、従来使われてきた注射薬の「低分子量ヘパリン(LMWH)」よりも、直接経口抗凝固薬の方が効果が高いとされています。
<血栓溶解療法>
血栓を溶かす薬を使用して、急激に肺の血流を回復させる治療法です。
重症の患者さんや血行動態が不安定な場合に行われますが、出血リスクがあるため慎重に使用されます。
<XI因子阻害薬>
最近の研究では、血栓症の治療や予防に新しい方法が次々と見つかっています。
たとえば、「XI因子阻害薬」という新しい薬は、出血のリスクを抑えながら、血栓ができるリスクを減らす効果があると報告されています。
<カテーテル治療>
カテーテルを用いて直接血栓を取り除き、血流の回復が図られる方法です。
全身的な血栓溶解療法ができない場合や、出血リスクが高い場合に選択されます。
【参考文献】”Pulmonary embolism” by Health Direct
https://www.healthdirect.gov.au/pulmonary-embolism
5.肺血栓塞栓症の予防法
肺血栓塞栓症は、日常生活での予防策をしっかりとすると、リスクを大幅に減らすことが可能です。
とくに、過去に深部静脈血栓症や肺血栓塞栓症になったことがある方やリスク因子を持つ方にとって、適切な予防は非常に重要です。
ここからは、取り入れやすい効果的な予防法をご紹介しましょう。
<定期的な運動>
長時間同じ姿勢を続けると血流が滞りやすくなり、血栓が形成されやすくなります。
そのため、とくに長距離の移動(飛行機、バス、車など)やデスクワークをする際には、定期的にからだを動かすことが重要です。
1〜2時間ごとに立ち上がって歩いたり、足首を回したり、膝の曲げ伸ばしをしたりすると、下肢の血流を促進することができます。
簡単にできる以下のような運動を心がけましょう。
足首を回す
つま先を上下に動かす
膝の曲げ伸ばし
1〜2時間おきに立ち上がり、歩行する
<水分の摂取>
十分に水分を摂ることは血液の粘土を下げてサラサラにし、血栓ができるリスクを減らす助けになります。
とくに飛行機での移動や長距離旅行、アルコールを飲んだ後は、意識して水分をしっかり補給することが大切です。
一方で、アルコールやカフェインを摂りすぎると体が脱水状態になり、血液が濃くなる可能性があります。これらの飲み物は適量を守り、飲み過ぎないよう気をつけましょう。
<弾性ストッキングの着用>
弾性ストッキングは、下肢の血流を促進し、血栓ができるのを防ぐために有効です。
弾力ストッキングは足首部分を最も強く圧迫し、太ももに向かって徐々に圧力が弱くなるような設計です。段階的な圧迫により、足首から心臓に向かう血流が効率的に促進され、血栓ができにくくなります。
圧迫によって静脈の幅が狭まり、血液が逆流しないように静脈弁の機能が改善されます。この結果、血液が心臓に向かってスムーズに流れ、血栓のリスクをさらに下げることが可能です。
さらに、弾性ストッキングは、ふくらはぎの筋肉が収縮することで血液を心臓に押し戻すポンプのような役割を助けます。これにより、ふくらはぎの「第2の心臓」とも呼ばれる機能が補われ、血栓ができるリスクを減らすことが可能です。
加えて、弾性ストッキングは脚のむくみを軽減する効果もあります。圧迫によって余分な水分が足に溜まるのを防ぎ、むくみを抑えることで血流の改善にもつながります。
ただし、弾性ストッキングは、個人の状態や目的に応じて適切な圧力とサイズを選ぶ必要があります。また、正しく使用するためには医療専門家の指導を受けることが重要です。
【参考文献】『深部静脈血栓症予防における運動,弾力ストッキング,間欠的空気圧迫法の臨床応用』日本静脈学会
https://www.jstage.jst.go.jp/article/phlebol/15/1/15_15-1-59/_article/-char/ja/
<健康的な生活習慣の継続>
肺血栓塞栓症のリスクを高める要因として、肥満や喫煙、高血圧、糖尿病などの生活習慣に関わる病気があります。
これらのリスク要因に気をつけて生活することで、血栓ができるのを防ぐことができます。
たとえば、体重を適正に保つことはとても大切です。肥満は血流に悪い影響を与えるので、無理のない範囲で少しずつでも体重をコントロールしていきましょう。
また、喫煙は血管を傷つけ、血栓ができやすくなってしまうため、禁煙に取り組むことが、血栓予防には欠かせません。
高血圧や糖尿病は血管にダメージを与える病気です。医師と相談しながら適切な治療を受けるとともに、食事や運動など、日々の生活習慣を少しずつ見直していきましょう。
<早めの活動開始と運動>
手術後や長期間の入院をする場合、できるだけ早くベッドから起きて動くことが、肺血栓塞栓症を防ぐためにとても重要です。
医師や看護師の指導に従いながら、無理をせずに少し歩いたり、簡単な運動をすることで、血液の流れが良くなり、血栓ができにくくなります。
<新型コロナウイルス感染症と肺血栓塞栓症の予防>
新型コロナウイルス感染症の患者さんのうち、とくに重症な方では血栓のリスクが高くなることが報告されています。
日本国内でも、新型コロナウイルス感染症の約9%が静脈血栓塞栓症を発症するというデータがあります。
そのため、新型コロナウイルス感染症の重症患者さんには予防的な抗凝固療法が推奨されており、入院中には下肢の超音波検査や造影CT検査が行われることがあります。
血栓症予防のために、抗凝固薬が使用されることがありますが、重症度に応じた適切な投薬が求められます。とくに出血リスクの高い患者さんには慎重な対応が必要です。
<予防的な薬物療法>
手術や長期入院が予定されている患者さんには、予防的に抗凝固薬が処方されることがあります。抗凝固薬を使用することで、血栓の形成を防ぎ、肺血栓塞栓症のリスクを軽減することができます。
ワルファリンやヘパリン、また最近では直接経口抗凝固薬が使用されるケースが増えています。これらの薬剤は出血リスクを抑えつつ、血栓予防に効果的です。
【参考文献】”Pulmonary Embolism” by Cleveland Clinic
https://my.clevelandclinic.org/health/diseases/17400-pulmonary-embolism
6.おわりに
肺血栓塞栓症は、突然急激に発症し、時に命に関わることもある疾患です。呼吸困難、胸痛が特徴ですが、特異的な症状はなく疾患の存在を念頭においた診察が大事になってきます。
一方で、日常生活の中で予防策を実践することで、リスクを大幅に減らすことができます。
とくにリスクの高い方や、深部静脈血栓症の既往がある方は、予防に努めることが重要です。
予防的な薬物療法や弾性ストッキングの使用、定期的な運動など、日々の生活習慣を少し見直すだけで、肺血栓塞栓症のリスクを大きく減らすことが可能です。
また、肺血栓塞栓症の症状が現れた場合には、速やかに医療機関を受診することが、命を守ることに直結します。重篤な状態に陥ることもありますので、突然の呼吸困難や胸痛があれば、ためらわずに救急車を呼びましょう。
医療の発展に伴い、肺血栓塞栓症の診断や治療は常に改善されています。ただし、最も大切なのは日常生活での自己管理です。
安心して健康に過ごすためには、日々の生活習慣を見直し、適切な予防と早期対応が重要です。息苦しさや胸の痛みなど気になる症状がある場合は、自己判断せずに早めに呼吸器内科での診察を受けましょう。