朝の咳が止まらない高齢者に考えられる主な病気
朝方に高齢のご家族が咳き込んでいると、「ただの風邪かな?」と様子を見たくなるかもしれません。
しかし、高齢者の咳には誤嚥(ごえん)性肺炎や心不全、慢性気管支炎(COPD)など、放っておくと危険な病気が隠れていることがあります。
高齢者の場合、複数の要因が重なって咳が出ていることも多く、症状も分かりにくい傾向があるため注意が必要です。
この記事では、疑われる病気から症状・サインについて解説していきます。
1.朝の咳が止まらないときに疑われる主な病気

朝になると咳き込みやすい高齢者の咳の中には、加齢だけでは説明できない病気が潜んでいることがあります。
夜間の体位変化や誤嚥だけでなく、心臓・肺・消化管などさまざまな臓器の不調が咳として現れることもあるのです。
ここでは、朝の咳が止まらないときに考えられる代表的な病気を取り上げ、それぞれの特徴や注意点を解説します。
1-1.誤嚥性肺炎
誤嚥性肺炎は、食べ物や飲み物、唾液などが誤って気管に入り込み、それに含まれる細菌が肺で感染を起こして生じる肺炎です。
高齢になると飲み込む力(嚥下(えんげ)機能)が衰え、むせ込み(誤嚥)を起こしやすくなります。
また咳をする力(咳反射)も弱まるため、少量の唾液を気管へ誤嚥してしまうこともあります。
このような「静かな誤嚥」によって気づかないうちに肺炎になってしまうケースもあるのです。
誤嚥性肺炎では発熱や激しい咳など典型的な症状が出にくく、代わりに食欲低下や元気のなさ、意識がぼんやりするといった変化だけが見られることがあります。
普段と様子が違うと感じたら注意が必要です。
高齢者にとって誤嚥性肺炎は命に関わる重い病気ですので、「食事中によくむせる」「飲み込みに時間がかかる」方は特に気をつけましょう。
【参考情報】『誤嚥』日本気管食道科学会
https://www.kishoku.gr.jp/disease/aspiration/
【参考情報】”Aspiration Pneumonia” by National Center for Biotechnology Information
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK470459/
1-2.心不全
心不全は、心臓のポンプ機能が低下して全身に十分な血液を送れなくなる状態です。
高齢の方では高血圧や動脈硬化などの持病から心不全を起こしやすくなります。
心不全が進行すると肺の血液がうっ滞して水分が溜まり、息苦しさや痰の増加によって咳が出ることがあります。
特に横になると咳が悪化する場合は要注意です。
仰向けに寝ると肺の血管に血液が滞り、それが刺激となって咳込んでしまいます。
反対に、上半身を起こすと咳が和らぎ息苦しさが軽くなるようであれば、心不全による症状の可能性があります。
また、足のむくみや急な体重増加が見られる場合も心不全のサインです。
これらの症状があれば、呼吸器だけでなく循環器内科での受診も検討しましょう。
【参考情報】『Q3. 夜間や早朝にせきが出ます。』日本呼吸器学会
https://www.jrs.or.jp/citizen/faq/q03.html
【参考情報】”Heart Failure” by MedlinePlus (U.S. National Library of Medicine)
https://medlineplus.gov/heartfailure.html
1-3.慢性気管支炎・COPD(慢性閉塞性肺疾患)
慢性気管支炎は長年の喫煙や大気汚染などによって気管支に炎症が続く状態で、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の代表的な病態の一つです。
慢性気管支炎では慢性的な咳や痰が主な症状で、特に朝起きた直後に大量の痰とともに激しく咳き込むことがあります。
いわゆる「タバコを長く吸ってきた人の朝の咳」は、慢性気管支炎の典型例です。
COPDになると息切れも伴うようになり、進行すると少し体を動かしただけでも呼吸が苦しくなるなど、日常生活に支障をきたします。
高齢の方は加齢によっても呼吸機能が低下しているため、症状に気づきにくく、悪化しやすい傾向があります。
長年の喫煙歴があり咳・痰が続く場合は、早めに呼吸器内科で肺機能検査などを受けることをおすすめします。
【参考情報】『慢性閉塞性肺疾患(COPD)』日本呼吸器学会
https://www.jrs.or.jp/citizen/disease/b/b-01.html
【参考情報】”What Is COPD?” by National Heart, Lung, and Blood Institute (NHLBI)
https://www.nhlbi.nih.gov/health/copd
1-4.その他の原因
上記以外にも、朝の咳にはさまざまな原因が考えられます。
・副鼻腔炎:副鼻腔に溜まった膿が夜間から朝方にかけて喉に落ちて(後鼻漏・こうびろう)、その刺激で咳や痰が出る。
・胃食道逆流症:就寝中に胃酸が食道へ逆流し、胃液が喉の近くまで上がってくるとで刺激をうけ咳込む症状が出る。
高齢になると食道の筋力低下で逆流しやすくなるため、夜間から明け方にかけて咳が出る場合は注意が必要です。
・血圧の薬(ACE阻害薬)などの薬の副作用:乾いた咳が続くケースも知られています。持病でお薬を飲んでいる高齢者が長引く咳に悩まされている場合は、処方医に副作用の可能性を相談してみましょう。
◆『咳が止まらない時の体のしくみと原因・対策を解説!』について>>
2.観察すべき症状とサイン

高齢のご家族の「朝の咳」を注意深く見守ることで、隠れている病気の手がかりをつかめる場合があります。
咳の様子やその他の症状を観察し、普段との違いに気づくことが早期発見につながるポイントです。
この章では、特にチェックしたい点を紹介していきます。
2-1.痰の様子をチェック
咳に痰が絡んでいるかどうか、その色や量は重要な観察ポイントです。
痰が多いまたは濃い色(黄色や緑色)の場合、気道に炎症や感染が起きている可能性があります。
例えば誤嚥性肺炎では粘り気のある膿性の痰が増え、喉にゴロゴロと痰が溜まる感じがすることがあります。
また、痰に血が混じる場合は肺からの出血が疑われ、肺炎や肺がんなど重大な病気のサインかもしれません。
痰が絡む咳では、ティッシュなどに吐き出して状態を確認し、異常があれば医師に伝えましょう。
2-2.声や飲み込みの変化に注意
食事や水分摂取時にむせる様子があるか、飲み込んだ後に声がかすれる・濁るような変化がないか観察しましょう。
これらは誤嚥のサインです。
嚥下機能が低下した高齢者では、食事中のみならず寝ている間にも少しずつ唾液を誤嚥してしまうことがあります。
その際、声帯周辺に唾液や食べ物が残ると声が湿っぽく変化することがあります。
食事に時間がかかったり飲み込むのに苦労している様子も誤嚥リスクを示すサインです。
こうした変化に気づいたら、食事形態の見直しや嚥下のリハビリについて医師に相談してみましょう。
【参考情報】『誤嚥性肺炎』病気症状ナビ
https://cloud-dr.jp/medical-navi/disease/1320/
【参考情報】”Cough – Assessment & Differential” by National Center for Biotechnology Information
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK493221/
2-3.全身状態の変化(発熱・食欲・意識など)
高齢者では、肺炎など重い病気にかかっても熱が出にくいなど典型的な症状が現れにくいことがあります。
そのため、「なんとなく元気がない」「食欲が落ちている」「ぼんやりしている時間が増えた」といった全身状態の変化が重要な手がかりになります。
朝の様子がいつもと違うと感じたら、「年のせい」と片付けずに体調不良を疑ってください。
特に誤嚥性肺炎では倦怠感や食欲不振、脱水気味になるなど、風邪よりも全身の活力低下が目立つことがあります。
日頃から体温や食事量、表情や反応などを家族が気にかけて観察し、少しでも「おかしいな」と思うことがあれば早めに専門医に相談しましょう。
【参考情報】『市中で起こる肺炎』日本呼吸器学会
https://www.jrs.or.jp/citizen/disease/a/a-04.html
【参考情報】”Pneumonia Symptoms | Signs of Pneumonia” by MedlinePlus (U.S. National Library of Medicine)
https://medlineplus.gov/pneumonia.html
3.家族ができる予防策と咳を和らげる工夫

朝の咳で苦しむご家族を見ていると、「何とか楽にしてあげたい」と感じるでしょう。
高齢者の咳を完全に防ぐことは難しいですが、日常生活の工夫である程度予防・軽減することが期待できます。
ここでは、介護するご家族が取り組める予防策や咳を和らげるポイントを紹介します。
3-1.室内を適度に加湿する
冬場や乾燥した朝に咳き込む場合、室内の乾燥が一因かもしれません。
空気が乾くと喉や気道の粘膜が乾燥し、防御機能が低下して咳が出やすくなります。
加湿器の使用や濡れタオルを干すなどして、寝室の湿度を適度(目安として50~60%程度)に保ちましょう。
特に夜間暖房を使う時期は乾燥しやすいため注意が必要です。
適切な湿度は喉の潤いを守り、痰を切れやすくして咳の負担を軽減してくれます。
3-2.こまめに水分補給をする
高齢者は喉の渇きを自覚しにくく、水分摂取が不足しがちです。
就寝前後や起床後、こまめな水分補給を促しましょう。
水分をしっかり摂ることで喉や気道の粘膜が潤い、痰が絡みにくくなります。
朝起きてすぐにコップ1杯の水を飲む習慣は、夜間に口や喉に溜まった痰や菌を洗い流し、口腔を清潔に保つのに役立ちます。
また、水分不足による脱水は全身の体調不良の原因にもなるため、日頃から意識して水やお茶を飲むよう声かけをしましょう。
3-3.姿勢を工夫する(寝る姿勢・食事姿勢)
夜間から明け方にかけて咳き込む方は、寝るときの姿勢を見直してみましょう。
仰向けで真っ平らに寝ると、心不全の場合は肺に水分が溜まりやすくなり、また副鼻腔炎の場合は鼻汁が喉に流れ込みやすくなります。
ベッドの頭側を少し高くしたり、上半身を起こすようにして寝ると、咳が出にくくなることがあります。
また、食事の際の姿勢も大切です。
椅子に深く腰掛けて背筋を伸ばし、顎を軽く引いた姿勢でゆっくり食べるようにすると、誤嚥を防ぎやすくなります。
寝たきりの方に食事介助をする場合も、背中にクッションを入れるなどしてできるだけ上体を起こした体勢で食べてもらいましょう。
食後すぐに横にならず、30分程度は体を起こした状態で過ごすようにするのもポイントです。
3-4.毎日の口腔ケアを徹底する
口腔内を清潔に保つことは、誤嚥性肺炎の予防に非常に効果的です。
高齢者の肺炎の多くは、口の中の細菌が唾液とともに気管に入り込むことで起こります。
寝る前と起床後、そして食後には丁寧な歯磨きやうがいを行い、歯垢や食べカスをしっかり取り除きましょう。
入れ歯を使用している場合は、外して洗浄・乾燥させることも忘れずにしてください。
ご本人が自分で十分にケアできない場合は、家族が仕上げ磨きを手伝ったり、歯科衛生士に相談してみましょう。
口腔ケアによって口の中の雑菌が減れば、たとえ誤嚥しても肺炎を発症するリスクを大幅に下げることができます。
毎日の小さな積み重ねがご家族の健康を守ることにつながります。
4.病院受診の目安:こんな症状があれば要注意

咳が長引くと、「病院に連れて行くべきか…」と悩むご家族も多いでしょう。
特に高齢者の場合、軽い風邪と思っていたら急に重症化することもあります。
早めの受診が大事とはいえ、どのタイミングで受診すればよいか判断に迷いますよね。
ここでは、高齢のご家族の咳について受診を検討すべきサインを具体的に説明します。
以下のような症状が見られたら、早めに医療機関を受診しましょう。
4-1.咳や痰が2週間以上続く場合
普通の風邪による咳は、通常1週間ほどで治まることが多いものです。
しかし、2週間以上経っても咳や痰がおさまらない場合やむしろ悪化している場合は、風邪以外の病気が原因の可能性があります。
長引く咳は気道に負担をかけ、肋骨の疲労骨折を引き起こすこともあります。
高齢者は骨がもろくなっているため、激しい咳で肋骨にひびが入るケースもあります。
咳が何週間も続くようであれば、放置せず呼吸器内科で診察を受けましょう。
4-2.痰に血が混じる場合
痰に赤い血液が混じっているときは、肺や気管支からの出血が考えられます。
これは肺炎や肺がん、結核など重篤な病気に伴うことが多い症状です。
少量の血であっても油断はできません。
特に高齢者では重大な疾患が隠れている可能性がありますので、痰に血が見られたら早急に医療機関を受診してください。
血痰が出た痰は捨てずにティッシュなどに包んで持参し、色や量を医師に伝えると診断の参考になります。
4-3.強い息苦しさや胸の痛みを伴う場合
咳と同時に呼吸困難(息苦しさ)や胸の痛みがあるときは注意が必要です。
息がゼーゼー苦しい場合、肺炎が悪化していたり、気管支喘息の発作を起こしている可能性があります。
また胸が痛む場合、肋骨骨折のほか心筋梗塞など心臓のトラブルのこともあります。
高齢者は痛みの感じ方が鈍くなっていることもあり、「少し苦しいけど我慢できる」と訴える程度でも実際には重症なことがあります。
少しでも呼吸が辛そう、胸を押さえて痛がるといった様子が見られたら、我慢をせず早急に受診しましょう。
4-4.夜間や横になると咳がひどくなる場合
夜眠っているときや朝方、横になる姿勢で咳き込む場合は、その背後に心不全や副鼻腔炎などの疾患が潜んでいるかもしれません。
枕を高くして上半身を起こすと咳が和らぐようであれば、心不全による咳の可能性があります。
このような症状を確認した場合、循環器内科への受診も検討しましょう。
また、副鼻腔炎による後鼻漏で夜間から明け方に咳が悪化しているケースもあります。
いずれにせよ横になると咳が酷くなるのは異常のサインですから、早めに専門医を受診することをおすすめします。
4-5.高熱や体重減少を伴う場合
高齢者では肺炎にかかっても高い熱が出ないこともありますが、それでも38℃以上の発熱が見られる場合は何らかの感染症による炎症が起きている証拠です。
さらに、最近体重が減ってきたという場合も注意が必要です。
肺がんなどでは、体重減少が初期のサインとして現れることがあります。
発熱に加えて体重の明らかな減少がある時は、重い病気の可能性がありますので躊躇せず受診してください。
「歳だから食が細くなっただけ」と思いがちですが、念のため医師に相談しておくと安心です。
5.おわりに
高齢のご家族の朝の咳は、「年齢のせい」と見過ごされがちです。
しかし、ここまでお伝えしたように重大な病気が隠れている可能性もあるため、油断は禁物です。
特に高齢者は症状が軽いうちに急速に悪化しやすく、気づいたときには重症化していることも少なくありません。
日頃から咳の様子や全身状態を注意深く観察し、少しでも普段と違う兆候があれば早めに医療機関を受診しましょう。
「まだ大丈夫」と我慢させるのではなく、早期に受診して原因を調べることが何より大切です。
