特発性肺ヘモジデローシス(IPH)の基本情報

「最近、息切れや血痰、慢性的な疲労感が続いていて心配だ…」
そんな不調を抱えていませんか?

特発性肺ヘモジデローシス(Idiopathic Pulmonary Hemosiderosis; IPH)は、非常に稀少な病気で、肺胞内に原因不明の出血が繰り返し発生する疾患です。小児や若い年齢の大人に多く見られ、血痰や息切れ、貧血といった症状を引き起こします。
稀な病気であるため、診断や治療が遅れることも少なくありません。しかし、早期発見と適切な治療を受けることで、症状を緩和し生活の質を向上させることができます。

この記事では特発性肺ヘモジデローシスについてご説明いたします。

1.特発性肺ヘモジデローシス(IPH)の特徴


IPHの特徴について重要なポイントを以下にご説明いたします。

・原因不明の肺胞出血
IPHは、肺胞内に出血を引き起こします。出血の原因は明確にはわかっておらず、「特発性」と呼ばれます。IPH以外の肺疾患を除外して初めて診断されるため、診断までに時間がかかる場合があります。

・自己免疫反応の関与
一部のIPH患者さんでは自己抗体が検出されることがあります。このことから、何らかの自己免疫反応が病態に関与している可能性が指摘されています。
たとえば、自己免疫疾患やセリアック病(小麦に含まれるグルテンに対する免疫反応)が関係することが報告されています。

・小児と若年成人での発症が多い
IPHは小児や若年成人に多い疾患ですが、成人例も存在します。小児例ではダウン症を伴うケースもあり、免疫学的な要因が背景にあると考えられています。

・予後の多様性
治療後に症状が改善する場合もありますが、出血が繰り返されると肺の線維化が進行することがあります。この場合、肺機能が不可逆的に低下する場合があります。

IPHの特徴として上記のようなものが挙げられますが、発症メカニズムについては明確に解明されていません。現状の発症メカニズムについては、次のような観点が考えられています。

・びまん性肺胞出血(Diffuse Alveolar Hemorrhage; DAH)
肺胞内への出血が広範囲にわたり、組織の炎症や損傷を引き起こします。この症状は多くの疾患で見られますが、IPHはその中でも炎症を伴わない「bland hemorrhage」に分類されます。
・自己抗体と免疫異常
IPHの一部の患者さんでは、抗甲状腺抗体や抗GM-CSF抗体などの自己抗体が検出されることが報告されています。また、セリアック病を伴う「Lane-Hamilton症候群」では、グルテンの除去が症状改善につながるケースもあります。
・遺伝や環境要因
ダウン症との関連が報告されているほか、生活環境や感染症との関連も研究されています。成人例と小児例で発症要因が異なる可能性も示唆されています。

【参考文献】”Idiopathic Pulmonary Hemosiderosis” by National Insitutes of Health
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK558962/#:~:text=Introduction-,Idiopathic%20pulmonary%20hemosiderosis%20(IPH)%20is%20a%20rare%20disease%20characterized%20by,complications%20and%20permanent%20lung%20damage

2.特発性肺ヘモジデローシスの症状


特発性肺ヘモジデローシス(IPH)の症状は、患者さん一人ひとりで異なりますが、多くの患者さんに以下のような共通して現れる症状があります。
1. 血痰や咳

肺胞内での出血が原因で、血痰が出ることがあります。血痰は、軽い風邪や咳では見られない症状であり、IPHを疑う重要なサインです。
また、咳が慢性的に続くことが多く、とくに夜間に悪化する場合があります。

2. 息切れと疲労感

肺胞での出血が続くと、肺機能が低下します。その結果、少し階段を上るだけでも息切れを感じたり、普段の家事や仕事が辛く感じたりします。
また、からだが常に酸素不足の状態になるため、慢性的な疲労感を訴える方も多いです。

3. 貧血の進行

肺胞での出血が続くと、体内の鉄分が不足し、鉄欠乏性貧血を引き起こします。これにより、息切れに加えて動悸や全身の倦怠感が現れます。
貧血が進行するとめまいやふらつきを感じることもあり、日常生活に支障をきたす場合があります。
女性や成長期のお子さまでは、もともと貧血のリスクが高いこともあり、症状に気づかないまま進行してしまうこともあります。

4. レントゲンやCTでの異常所見

医療機関での画像検査では、肺に「すりガラス状の影」や「びまん性浸潤影」が見られることが多いです。これらの所見は、特発性肺ヘモジデローシス以外の病気(例えば肺炎や間質性肺疾患)でも現れるため、病気の特定には時間がかかることがあります。

患者さんによっては「最初は肺炎だと診断された」「原因がわからず治療が進まなかった」といった経験をされる方もいます。専門医による詳しい検査が重要です。

5.繰り返される症状
IPHの症状は一定ではなく、改善と悪化を繰り返すことがあります。一時的に症状が治まることで安心してしまい、受診が遅れるケースもあります。このような再発のサイクルが、病気を見過ごしてしまう一因です。
また、一度治療を受けて血痰や息切れなどの症状が改善しても、時間が経つと再発する可能性があります。
たとえば、治療後しばらくは体調が安定していても、数か月後や数年後に再び出血や貧血といった症状が現れることがあります。再発は、患者さんごとに症状の間隔や強さが異なるため、一律に予測することが困難となります。
原因が明らかでない特発性肺ヘモジデローシスは稀な疾患ですが、似た病態は感染契機や腫瘍/抗酸菌慢性感染による慢性気管支肺胞出血、血管炎症候群による肺胞出血などあります。
いずれにしろ肺胞洗浄やターゲットを絞った血液検査など専門的アプローチを必要としますので長引く血痰の場合はCT画像精査を起点とした専門医受診精査をお勧めします。
「いつものことだから」と見過ごさず、軽い症状でも医師に相談することが大切です。

◆「咳がとまらない病気」について詳しく>>

◆「血痰が出る原因は?」について>>

◆「肺炎」について>>

【参考文献】”Idiopathic Pulmonary Hemosiderosis” by National Organization for Rare Disorders
https://rarediseases.org/rare-diseases/idiopathic-pulmonary-hemosiderosis/#symptoms

3.特発性肺ヘモジデローシスの診断と検査


特発性肺ヘモジデローシス(IPH)は、診断が非常に難しい疾患のひとつです。ほかの病気を除外し、慎重に診断を進める必要があります。ここからは、主な診断方法を詳しく説明しましょう。

1. 画像検査

診断の第一歩として、胸部X線検査やCTスキャンが行われます。これにより、肺に以下の異常が見られることが多いです。
・すりガラス状の影
・びまん性浸潤影
・間質性肺炎と似たパターン
ただし、これらの所見は他の肺疾患(例:感染症や間質性肺疾患)でも見られるため、画像だけでIPHと診断することはできません。
2. 血液検査

IPHの診断では、以下の血液検査が役立ちます。
・鉄欠乏性貧血の確認:慢性的な出血による鉄欠乏性貧血が一般的です。

・自己抗体の検出:抗甲状腺抗体や抗GM-CSF抗体が検出されることがあります。

・炎症マーカー:全身性の炎症がない場合が多い点が特徴です。

3. 気管支鏡検査

気管支鏡を使った気管支肺胞洗浄(BAL)は、肺胞内に出血があるかどうかを確認するために重要です。この検査では、肺胞洗浄液中の赤血球やヘモジデリンを含むマクロファージが検出されます。

4. 肺生検
肺生検は、IPHの最終的な診断を確定するために行われ、以下の特徴が見られます。
・肺胞内の鉄沈着
・出血の痕跡
・特徴的な免疫異常の排除

5. 他疾患の除外
IPHを診断するためには、同じような症状を引き起こす以下の疾患を除外する必要があります。
・血管炎(例:好酸球性肉芽腫性多発血管炎)
・血液疾患
・感染症(例:結核)
・肺の悪性腫瘍

◆「呼吸器内科の検査」について>>

◆「間質性肺炎」について詳しく>>

【参考文献】”Idiopathic Pulmonary Hemosiderosis (IPH)” by child-foundation.org
https://child-foundation.org/idiopathic-pulmonary-hemosiderosis-iph/

4.特発性肺ヘモジデローシスの治療


特発性肺ヘモジデローシス(IPH)の治療は、主に症状の管理と病気の進行抑制を目的とします。ここからは、主要な治療法をご説明いたします。

1. コルチコステロイド療法
特発性肺ヘモジデローシス(IPH)の治療において、コルチコステロイド療法は中心的な役割を果たします。この治療法では、病気の根底にある炎症反応を抑制し、肺胞内での出血を軽減する効果が期待できます。
コルチコステロイドは、体内の免疫反応を調整する強力な抗炎症薬であり、急性期から慢性期にかけて症状をコントロールします。

急性期には、静脈内投与が一般的で、メチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウムなどの薬剤が選ばれることが多いです。とくに症状が重篤な場合には、30mg/kg/日(最大1g/日まで)の高用量で投与を開始します。

高用量療法は、急性期の肺胞出血を迅速に抑えるため、重要な役割がありますが、通常48~72時間を超えないように制限されます。
長期間の高用量投与は副作用のリスクを増加させるため、急性期を過ぎたら患者さんの状態に応じて徐々に減量していきます。
作用機序は、体内の炎症を抑え、免疫系の過剰な反応を抑制することにあります。IPHでは、肺胞内で起きる免疫反応が出血を引き起こす要因となることがありますが、コルチコステロイドはその免疫反応を調整し出血を軽減するのです。
その結果、呼吸困難や貧血などの症状が改善され、患者さんの生活の質を向上させることが期待できます。

一方で、コルチコステロイドの使用には注意が必要です。長期間使用したり、高用量を使用したりすると、副作用が発生する可能性があります。
たとえば、感染症のリスクが高まるほか、消化性潰瘍、高血糖、骨粗しょう症などの副作用が知られています。とくに免疫系が抑制されることで感染症にかかりやすくなるため、患者さんの健康状態を慎重にモニタリングすることが重要です。
また、薬剤を急に中止すると副腎不全などの問題を引き起こす可能性があるため、徐々に減量することが必要です。

2. 免疫抑制剤
治療において、ステロイド療法のみでは十分な効果が得られない場合、免疫抑制剤を併用することがあります。
免疫抑制剤は、ステロイドと同様に免疫系の異常な反応を抑える作用を持ち、炎症や出血をさらに抑制するために用いられます。
以下は、IPHの治療で使用される主な免疫抑制剤の例です。

・アザチオプリン
作用:DNA合成を抑制し、免疫細胞の活性化を低下させます。これにより、過剰な免疫反応を抑えることが可能です。
適応:慢性または再発性の症状がある場合や、ステロイドの副作用を軽減する目的で使用されます。

・シクロフォスファミド
作用:免疫細胞(とくにリンパ球)の増殖を抑制し、強力に免疫反応をコントロールします。
適応:重症のIPHや、他の治療法が無効であった場合に使用されることがあります。急性期のコントロールを目的とする場合もあります。

・メトトレキサート
作用:抗炎症作用が強く、免疫系の過剰反応を抑えるために用いられます。低用量での長期治療が可能です。
適応:ステロイドの効果を補完する形で、維持療法として使用されることがあります。

免疫抑制剤を併用する目的は以下の点が挙げられます。
・ステロイド依存性の軽減
長期間のステロイド使用は、副作用(感染症、高血糖、骨粗しょう症など)のリスクが高まるため、免疫抑制剤を併用することで、ステロイドの使用量を減らしつつ治療効果を維持します。
・免疫異常のさらなる抑制

IPHに関わる異常な免疫反応を直接的に抑制し、肺胞出血を効果的に防ぎます。

免疫抑制剤の使用には、副作用のリスクを考慮する必要があります。そのため、リスクを理解し、慎重に治療を進めることが大切です。
まず、免疫抑制剤はその名の通り、免疫系全体の機能を低下させる薬剤です。このため、細菌やウイルスによる感染症にかかりやすくなるリスクがあります。
また、一部の患者さんでは、吐き気や嘔吐、腹痛などの消化器症状が現れることがあります。

さらに、免疫抑制剤は血液の成分にも影響を及ぼす可能性があります。とくに、注意が必要なのは、白血球や赤血球、血小板が減少する骨髄抑制です。このような副作用を早期に発見するため、治療中は定期的に血液検査が行われます。
それ以外にも、薬剤ごとに特有の副作用があります。たとえば、シクロフォスファミドを使用する場合、膀胱炎のリスクが高まることが知られています。
また、アザチオプリンを使用する際には、肝機能障害が起こる可能性があるため、肝臓の状態を定期的にモニタリングすることが重要です。

3. 食事療法(Lane-Hamilton症候群の場合)

グルテンに対する異常反応がIPHに関連している場合、グルテン除去食を行うことで症状が改善することがあります。
4. 酸素療法

慢性的な肺機能低下が見られる患者さんには、在宅酸素療法が必要になることがあります。酸素を補充することで、呼吸困難を和らげ、日常生活の質を向上させます。
5. 肺移植

重症化して肺が不可逆的な線維化を起こした場合、肺移植が最後の選択肢となります。

このように治療は現在も限られていますが、しかしながら、近年では新しい治療法の研究が進められています。
まず、免疫療法の分野では、特定の免疫系分子をターゲットにした治療法が注目されています。
IPHでは、自己免疫反応が病気の進行に関与している可能性があるため、これらの分子を標的にすることで、免疫反応をより精密に抑制し、肺胞内での出血を防ぐことが期待されています。
こうした治療法は、患者さんごとの病態に合わせた個別化医療の実現に向けた重要な一歩となるでしょう。

また、新薬の開発も進んでいます。肺出血を直接抑える効果のある薬剤が試験段階にあり、早期に実用化されれば、現在の治療法では対応が難しい症例にも適応できる可能性があります。
これらの薬剤は、既存のステロイドや免疫抑制剤の治療効果を補完する形で使用されることが期待されており、より多角的な治療アプローチが可能になるかもしれません。

さらに、遺伝研究もIPH治療の新たな可能性を切り開いています。IPHの発症には、遺伝的な要因が関与している可能性が示唆されていますが、具体的な遺伝子の特定には至っていません。
もし遺伝的な要因が明らかになれば、発症メカニズムがさらに詳しく解明され、遺伝子治療のような新しいアプローチが実現する可能性があります。
これらの研究が進むことで、IPHに対する治療の選択肢が広がるでしょう。

また、生活上の工夫として、感染予防の手洗いや予防接種を徹底し、鉄分を含むバランスの良い食事で貧血を補いましょう。喫煙を避け、軽い運動で体力を維持することも重要です。
さらに、息苦しさや貧血が急激に悪化した場合、すぐに医師に相談できる体制を整えておきましょう。

【参照文献】PRINTO 『薬物療法版 2016 4. コルチコステロイド』
https://www.printo.it/pediatric-rheumatology/JP/info/pdf/15/4/%E8%96%AC%E7%89%A9%E7%99%82%E6%B3%95

【参考文献】”Idiopathic Pulmonary Hemosiderosis” by National Organization for Rare Disorders
https://rarediseases.org/rare-diseases/idiopathic-pulmonary-hemosiderosis/#therapies

5.おわりに

特発性肺ヘモジデローシスは非常に稀な疾患であり、正確な診断と治療が求められます。また、日常生活の中での工夫や家族との協力も、症状の改善や生活の質を向上させるために欠かせません。

患者さんご自身が病気について正しい知識を持つこと、家族や周囲の方々がサポート体制を築くことが、病気と向き合う上での大きな助けになります。
少しでも気になる症状や不安がある場合は、早めに呼吸器内科をはじめとする専門医への受診を検討しましょう。

◆「呼吸器内科」とは>>