「肺胞微石症」の基本情報

肺胞微石症(はいほうびせきしょう)は、肺の中にある「肺胞(はいほう)」という酸素を取り込む小さな袋のなかに、リン酸カルシウムという成分を主成分とした微小な石(結石)がたまってしまう、非常にめずらしい遺伝性の病気です。

この微小な結石が肺にたまることで、肺が本来の働きを十分にできなくなることがあります。

肺胞微石症の原因は、SLC34A2遺伝子という特定の遺伝子の変化(変異)にあるとされています。

SLC34A2遺伝子に異常があると、肺胞内でリン酸を適切に処理できなくなり、それがカルシウムと結びついて小さな石になってしまうのです。

肺胞微石症の進行は非常にゆっくりです。
そのため、多くの方は子どもの頃や若い頃にはまったく症状が出ないまま、中年期を迎えることが多いとされています。

しかし、病気が進行すると、呼吸困難などの症状が現れ、日常生活に影響が出る場合もあります。

肺胞微石症はとても稀なため、医療現場でも十分に知られていないのが現状です。

この記事では、肺胞微石症とはどのような病気なのか、その原因や特徴、診断方法、検査、治療法についてご紹介します。

1.肺胞微石症の特徴


肺胞微石症は、非常に珍しい遺伝性の肺疾患です。

肺胞微石症の最も大きな特徴は、肺胞内に微小な石灰化結石(カルシウムなどの物質が沈着して結晶化することで形成される結石)が蓄積することです。

これらの微石は、主にリン酸カルシウムで構成されており、時間とともにゆっくりと成長していきます。

肺は、肺胞(はいほう)と呼ばれる小さな空間が多数集まることで成り立っています。

ブドウの房のように集まっているたくさんの肺胞は、体のなかで酸素を取り入れ、二酸化炭素を外に出す大切な働きをしています。

肺胞微石症を発症すると、肺の働きに重要な役割を担う肺胞にリン酸カルシウムを主成分とする小さな石(微石)が溜まっていきます。

肺に物質がたまるのは慢性的で、その進行は非常に緩やかです。

そのため、多くの患者さんは長期間無症状のまま生活できます。

ただし、病状が進むと、呼吸困難を自覚するようになります。

また、別の病気の検査で撮影したレントゲン写真から、偶然発見されることも少なくありません。

肺胞微石症の原因は、SLC34A2遺伝子の変異にあることがわかっています。

この遺伝子は、肺胞の中にあるII型肺胞上皮細胞と呼ばれる細胞で働くたんぱく質を作るものです。

このたんぱく質は、リン酸という物質を肺胞から運び出す役割を持っています。

遺伝子に変異が生じると、肺胞腔内からリン酸イオンを適切に除去できなくなり、その結果、リン酸イオンがカルシウムと結合して微石が形成されると考えられています。

この遺伝子の異常は常染色体劣性遺伝と呼ばれる遺伝の形式をとります。

これは、両親の両方から異常な遺伝子を受け継いだ場合に発症するという仕組みで、遺伝子を2つ受け継いだ方はほぼ確実に肺胞微石症を発症します。

肺胞微石症は世界的にも非常に稀な疾患で、これまでに世界で約600例、日本では110例ほどが報告されているにすぎません。

近い血縁関係のある方同士の結婚が多い家系では、肺胞微石症が発症しやすい傾向があります。

そのため、同じ家族や親戚内で複数の患者さんが見つかることもあります。

病気の進行は非常にゆっくりなため、多くの方が中年期まで無症状で過ごすことができます。

しかし、微石が肺に蓄積し続けるにつれて、肺胞壁に慢性的な炎症や線維化が生じるようになり、肺の機能が徐々に低下していくことがあります。

この結果、呼吸が苦しくなったり、日常生活に支障をきたします。

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【参照文献】日内会誌 第76巻 第10号『両肺微細点状陰影を指摘 されたのち26年 の経過を経て 呼吸不 全 を呈 した肺胞微 石症 の1例』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika1913/76/10/76_10_1554/_pdf

【参考文献】”Pulmonary alveolar microlithiasis” by MedlinePlus
https://medlineplus.gov/genetics/condition/pulmonary-alveolar-microlithiasis/#:~:text=Description&text=Pulmonary%20alveolar%20microlithiasis%20is%20a,alveoli)%20located%20throughout%20the%20lungs.

2.肺胞微石症の症状


肺胞微石症の症状は、病気の進行度によって大きく異なります。

初期の段階では、ほとんどの方が無症状で過ごすことができます。
そのため、胸部X線検査などで偶然に発見されることも少なくありません。

とくに小児期に胸部X線異常で発見される症例が多いのが特徴です。
しかし、X線写真で異常が見られても、自覚症状はほとんどなく、呼吸機能検査でも正常値を示すことが多いです。

一方で病気が進行してくると、以下のような症状が現れることがあります。

• 息切れや呼吸困難:とくに運動時や階段を上る際に感じやすくなります。
• 乾いた咳:痰を伴わない、乾いた咳が続くことがあります。
• 胸痛:胸に違和感や痛みを感じることがあります。
• 倦怠感:全身のだるさを感じることがあります。
• チアノーゼ:酸素不足により、唇や爪が青紫色になることがあります。

これらの症状は、多くの場合、中年期以降に現れはじめます。
病気が更に進行すると、慢性呼吸不全や肺性心(肺の病気が原因で起こる右心不全)を発症することがあります。

しかし、症状の進行速度には個人差があり、同じ年齢でも症状の程度が異なることがあります。
また、症状が現れても、その進行は一般的にゆっくりとしたものです。

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【参考文献】”Alveolar Microlithiasis with Mild Clinical Symptoms But Severe Imaging Findings: A Case Report” by National Institutes of Health
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10916495/

3.肺胞微石症の診断・検査


肺胞微石症は以下の検査によって診断されます。
検査所見には、次のようなものがあります。
<検査所見>

1.画像検査
・胸部X線検査
肺胞微石症では、胸部X線検査でびまん性の微細な小粒状陰影(肺全体に広がる細かい粒のような影)が見られることが特徴です。
この陰影は「吹雪様陰影」や「砂嵐様陰影」とも呼ばれます。
また、心臓の輪郭や横隔膜の境界が不明瞭になる「消失心臓現象」が確認されることもあります。

・CT検査
CTでは、両側肺野(りょうそくはいや)(第5肋骨あたりで両方の肺の側面部分のこと)にびまん性・対称性の粒状やすりガラス陰影(肺全体に均等に広がる粒のような砂嵐のように見える影や、すりガラスのようにぼんやりとした影)が認められることがあります。
陰影は下肺野(かはいの)(第4肋骨より下部)に多く見られ、胸膜下(肺の外側)に「black pleural line」と呼ばれる透過性が亢進(こうしん)した帯状影(黒くはっきりした帯状の影)が観察される場合もあります。
また、胸膜下や小葉間隔壁(肺の区画を分ける壁)、気管支血管束(気管支や血管が通る部分)に沿った石灰化が特徴的です。

2.病理組織学的な微石の証明
肺胞微石症を診断するためには、肺の組織や分泌物を調べる検査が非常に重要です。具体的には、以下の方法が用いられます。
・ 肺生検
肺から直接組織を採取して調べる方法です。
この検査では、肺胞内に特徴的な微石が形成されていることを確認します。
微石は、年輪状や層状の独特な形態を持ち、Kossa染色という特殊な染色法を用いると陽性反応を示します。
これにより、微石の存在を明確に証明することができます。

<Kossa染色について>
Kossa染色(フォン・コッサ染色とも呼ばれる)は、組織内のカルシウム沈着を検出するための重要な手法です。
・原理:リン酸カルシウム塩と炭酸カルシウム塩を黒く染色します。
・用途:骨軟化症の検出や代謝性疾患によるカルシウム沈着の検出に使用されます。
・染色結果:石灰化した骨やカルシウム沈着物は黒色に、類骨や支持組織は赤色に染まります。

・ 気管支肺胞洗浄液検査
気管支鏡を使って、肺胞内を生理食塩水で洗い流し、その洗浄液を採取して分析します。
この方法でも、肺胞微石症に特徴的な微石の存在を確認することが可能です。

・喀痰(かくたん)検査
患者さんが吐き出した痰を顕微鏡で観察し、微石が含まれているかどうかを確認します。
この方法は侵襲性が低く(患者さんの身体的負担が少ない)、比較的簡便に行えるため、診断の補助的手段として用いられます。

これらの検査を組み合わせることで、肺胞内に形成される特徴的な微石を特定し、肺胞微石症の確定診断を行います。
特に、肺生検や気管支肺胞洗浄液の検査では、微石の形態や構造を詳細に調べることができるため、診断の精度を高めるうえで重要な役割を果たします。

3.遺伝子診断

末梢血(まっしょうけつ)(通常、体を循環している血液のこと)を用いたDNA検査で、SLC34A2遺伝子の異常を確認します。
これは肺胞微石症の原因となる遺伝子異常を直接証明する方法です。

4.肺機能検査
初期の段階では、肺の働きに大きな問題がないこと(軽度の拡散障害が見られる)が多いですが、進行すると肺の酸素交換能力が低下(拡散障害)し、肺が硬くなる(拘束性障害)ことがあります。

5.気管支鏡検査
気管支鏡を用いた経気管支肺生検により、微石を直接採取・観察すること(気管支鏡を使って肺から組織を採取し、微石を直接確認)で確定診断を行うことがあります。

6.気管支肺胞洗浄
気管支や肺胞を生理食塩水で洗い、洗浄液を分析します。
肺胞微石症ではリンパ球に特徴的な変化が認められる場合があります。

<診断基準>

検査所見の1+2または1+3の組み合わせで肺胞微石症と確定診断します。

また、家族歴が明らかな場合には、画像検査(検査所見の1)のみで診断を行うことができます。

これらの検査結果を総合的に組み合わせて、肺胞微石症の診断が確定されます。

また、肺胞微石症は粟粒結核(ぞくりゅうけっかく)(結核菌が血液やリンパ管を介して全身に散布し、複数の臓器に病変を形成する重症の結核症)、サルコイドーシス、転移性肺腫瘍など、似た症状を示す他の病気と区別することが重要です。

さらに、肺胞微石症は症状がほとんど現れないまま進行することが多いため、定期健診や他の病気の検査中に偶然発見されることが多い点が特徴だといえます。

◆「肺サルコイドーシス」とは>>

◆「呼吸器内科で行われる検査」とは>>

【参考情報】”Pulmonary alveolar microlithiasis” by ERS
https://publications.ersnet.org/content/errev/29/158/200024

4.肺胞微石症の治療


残念ながら、現在のところ肺胞微石症に対する根本的な治療法は確立されていません。
そのため、治療の主な目的は症状の緩和と合併症の予防・管理になります。

最終的な治療選択肢としては肺移植がありますが、これには多くの課題が伴うため、慎重な判断が必要です。

主な治療アプローチには以下のようなものがあります。

1.経過観察

初期段階や症状が軽度の方の場合、定期的な検査と経過観察が主な対応となります。症状がない、または軽度である場合には、通常の日常生活を送りながら、定期的に医療機関を受診し、病状の進行を確認します。

2.呼吸リハビリテーション

呼吸機能を維持・改善するために、呼吸法の指導や運動療法が行われることがあります。これにより、息切れの軽減や日常生活動作の改善が期待できます。

3.酸素療法

病気が進行し、血中酸素濃度が低下した場合には、酸素吸入が必要になることがあります。

在宅酸素療法を導入し、日常生活の中で酸素を補給することで、呼吸困難の軽減や生活の質の向上が図れます。

4.感染予防

肺炎などの呼吸器感染症を予防することが重要です。インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンの接種が推奨されます。また、日常生活では、手洗いやうがいなどの基本的な感染予防策が大切です。

5.禁煙指導
喫煙は肺の状態をさらに悪化させる可能性があるため、喫煙者の方には禁煙が強く勧められます。

6. 合併症の管理

慢性呼吸不全や肺性心(はいせいしん)(肺の基礎疾患によって肺の中の血圧が高くなったために、右心室に拡大と肥厚が起きた状態)などの合併症が生じた場合は、それぞれに応じた治療が行われます。例えば、利尿薬の投与や塩分制限などが必要になることがあります。

また、酸素投与や非侵襲的人工呼吸などの対症療法が行われます。在宅酸素療法や人工呼吸器の導入により、症状を緩和することができます。
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7.低リン食治療

肺胞微石症モデルマウスを用いた研究では、低リン食が病状の改善や進行抑制に有効であることが確認されています。

これにより、リンの摂取量を制限する食事療法が治療の一環として検討されています。

8.リン吸着剤

リン吸着剤の使用により、肺での炎症を抑制する効果が示されています。特にCOX-2(サイクロオキシゲナーゼ2)の発現を有意に低下させ、治療の有効性が再確認されています。

9.肺移植

肺胞微石症の進行が非常に進んだ場合には、最終的な治療選択肢として肺移植が唯一の根本的な治療法とされています。

ただし、肺移植を行える施設は限られており、適切なタイミングで専門の医療機関を受診することが重要です。

早期の段階で肺移植を視野に入れた治療計画を立てることが推奨されます。

10.新しい治療法の研究

現在、遺伝子治療や薬物療法など、新しい治療法の研究が進められています。例えば、ジフォスフォネート(骨粗しょう症の治療薬として用いられる薬剤)が有効だったとする報告もありますが、その効果については今後のさらなる研究が必要です。

将来的には、病気の進行を遅らせたり、微石の形成を抑制したりする治療法が開発される可能性があります。

このような治療方針は、患者さんの年齢、症状の程度、病気の進行状況、全身状態などを考慮して、個別に決定されます。

また、定期的な検査と経過観察を行いながら、必要に応じて治療内容を調整していくことが重要です。

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【参照文献】肺胞微石症部会『肺胞微石症』
https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2016/162051/201610027B_upload/201610027B0012.pdf

【参照文献】札幌医科大学『複合的オミクス解析を用いて探る、肺胞微石症の分子病態と新規治療法の開発』
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-20K08521/

【参考文献】”Pulmonary alveolar microlithiasis” by National Organization for Rare Disorders
https://rarediseases.org/mondo-disease/pulmonary-alveolar-microlithiasis/

5.おわりに

肺胞微石症は、肺胞に微小な石がたまり、肺の働きを徐々に低下させる非常に珍しい遺伝性の病気です。

進行はゆっくりですが、最終的には呼吸困難になったり、日常生活に支障をきたすことがあります。

残念ながら、今のところこの病気を根本的に治す方法は見つかっていません。

そのため、病気の進行を遅らせたり、症状を和らげたりする治療が中心になります。

治療には、酸素療法や呼吸リハビリテーション、感染予防、低リン食などがあります。

また、肺移植が最終的な治療の選択肢です。

さらに、リン吸着剤や新しい薬の研究も進められており、将来的には病気をコントロールする方法が見つかる可能性もあります。

診断には、胸部X線やCT、肺生検、遺伝子検査などが使われます。
これらの検査で微石の存在を確認することが重要です。

また、この病気は他の肺の病気と似た症状を持つため、しっかりと区別して診断することが求められます。

患者さんやそのご家族にとって、肺胞微石症は身体だけでなく、精神的にも不安の多い病気だといえます。
不安や疑問があれば、担当医師に相談し、十分な説明を受けるようにしましょう。

また、同じ病気を持つ方との交流や、患者会などの支援グループに参加することも、病気と向き合ううえで大きな助けになるかもしれません。

肺胞微石症は確かに難しい病気ですが、適切な医療サポートと生活管理により、多くの方が充実した生活を送ることができます。

定期的に病院を受診し、専門の医師や支援機関と相談しながら治療を続けることが大切です。

◆「呼吸器内科」とは>>