呼吸器内科で使われる吸入薬の種類と正しい使い方
喘息やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の治療において、吸入薬は中心的な役割を果たしています。
本記事では、吸入薬の種類と特徴、正しい使用方法、よくある誤用例、副作用とその対策について詳しく解説します。
1. 呼吸器内科で処方される薬の基本と役割

呼吸器内科では、喘息やCOPDなどの慢性呼吸器疾患に対して様々な薬が処方されます。
その中でも特に重要なのが吸入薬です。
吸入薬は気道(空気の通り道)に直接作用し、少ない量で高い効果を発揮できる画期的な治療方法です。
飲み薬に比べて全身への副作用が少なく、日常的に使うことで発作の予防から症状緩和まで大切な役割を担っています。
【参考情報】“Chronic obstructive pulmonary disease (COPD) — Treatment” by National Heart, Lung, and Blood Institute
https://www.nhlbi.nih.gov/health/copd/treatment
1-1. 長期管理薬(コントローラー)と発作治療薬(リリーバー)
呼吸器疾患の薬は、その目的によって大きく2種類に分けられます。
・長期管理薬
症状がないときも毎日継続して使用し、気道の炎症を抑えることで発作を未然に防ぐ薬です。
喘息では吸入ステロイド薬が基本となり、気道の慢性炎症を鎮めて発作を起こりにくくします。
必要に応じて気管支拡張薬を追加し、呼吸をさらに楽にします。
・発作治療薬
発作時に頓用し、素早く気管支を拡げて症状を和らげるための薬です。
短時間作用性気管支拡張薬が代表的で、急な息苦しさやゼーゼーといった症状を速やかに改善します。
このように、「発作を防ぐ薬」と「発作を止める薬」を使い分けることが、呼吸器疾患治療の基本です。
【参考情報】『ぜん息の薬を知ろう』環境再生保全機構
https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/basic/medicine/00.html
1-2. 吸入薬が主役となる理由
吸入薬は、呼吸器内科で処方される薬の中でも治療の主役と言えます。
その理由は、薬剤が直接肺や気道の患部に届く為です。
喘息を例に挙げると、気道の炎症という根本原因に吸入薬が直接作用し、症状を抑え込むことができます。
COPDでも、吸入薬は日常的な息苦しさを軽減し生活の質を保つ中心的な治療手段です。
症状や病状によっては、内服薬(経口ステロイド、テオフィリン製剤、抗アレルギー薬など)や貼り薬(気管支拡張薬テープ)を併用することもあります。
また痰が多く出る方には、去痰薬を処方することもありますが、「吸入薬を使いこなすこと」が呼吸器疾患の治療の中心となっています。
【参考情報】“Asthma: Self-Care for Asthma-Using Your Inhaler” by Centers for Disease Control and Prevention
https://www.cdc.gov/asthma/caring/index.html
2. 主な吸入薬の種類と特徴

吸入薬にはいくつかの種類があります。
ここでは、呼吸器内科でよく使われるICS・LABA・LAMAの3種類を中心に、その特徴と役割を解説します。
2-1. ICS(吸入ステロイド薬):炎症を抑える主役の薬
ICSは、喘息治療の基本となる長期管理薬です。
喘息では症状がない時でも気道で”ボヤ”のような慢性炎症が続いており、この炎症を鎮めることで発作を予防するのが役割です。
例えばフルタイドやパルミコート、オルベスコといった薬を毎日吸入することで、咳や喘鳴(ゼーゼー・ヒューヒューする音)を起こしにくい状態に保つことができます。
COPDでも、気道炎症の程度によってICSが併用されることがあります。
ICSは効果が現れるまで数日~1週間程度かかることがありますが、焦らず継続することで徐々に効果が安定します。
【参考情報】“Inhaled Corticosteroids — Asthma Management Guidelines 2020 Updates” by National Heart, Lung, and Blood Institute
https://www.nhlbi.nih.gov/health-topics/asthma-management-guidelines-2020-updates
2-2. LABA(長時間作用性β₂刺激薬):気管支を広げて呼吸を楽にする薬
LABA(ラバ)は、気管支の筋肉を弛緩させて気道を広げる作用を持つ吸入薬です。
交感神経に働きかけ気管支を拡張させます。
代表的な薬にセレベントなどがあり、吸入ステロイドと併用して用いるのが基本です。
LABA単体でも気管支拡張効果は高いのですが、喘息ではICS(吸入ステロイド)と一緒に使わないと十分な効果が得られず、また重症発作のリスクも高まるため、単独使用は推奨されません。
LABAは効果の持続時間が長く、1日1~2回の吸入で24時間近く気管支を拡げる薬もあります。
COPDではこのLABAが治療の主役で、慢性的な息切れを和らげるために用いられます。
吸入後数分で呼吸が楽になる即効性のものもあり、日中の活動を支えてくれる薬です。
LABAが処方されている場合は、決められた回数を守り、吸い忘れのないようにしましょう。
安定した効果を得るため、こちらも毎日の継続使用が基本です。
2-3. LAMA(長時間作用性抗コリン薬):もう一つの気管支拡張薬
LAMA(ラマ)は、抗コリン薬と呼ばれる種類の吸入薬で、LABAと並ぶ長時間作用性の気管支拡張薬です。
副交感神経の作用を抑えることで気管支を拡げる仕組みで、スピリーバなどが代表的です。
主にCOPDの治療で中心的に使われ、慢性的に空気の通り道が狭くなっている状態を改善します。
一方、喘息でも重症な場合や合併症がある場合に追加されることがあります。
1日1回の吸入で長時間効果が続くものが多く、息切れや咳の頻度を減らして日常生活を楽にするのに役立ちます。
抗コリン薬の効果で気道が安定して広がるため、運動時の息切れ改善にも効果があります。
LABAとLAMAは効き方が異なるため、両方を併用することで相乗効果が期待でき、COPDではLABA/LAMA配合吸入薬も一般的です。
【参考情報】:気管支ぜんそく(治療)|日本呼吸器学会
https://www.jrs.or.jp/citizen/disease/c/c-01.html
3. 吸入薬の使い方と誤用例

吸入薬は、使い方を誤ると思うような効果が得られないことがあります。
ここでは、よくある吸入ミスと正しい使い方のポイントを解説します。
3-1. きちんと吸入できていない
吸入薬の効果が出ないと感じる理由の一つに、吸入方法のミスがあります。
・ボタンを押すタイミングと吸うタイミングが合っていない(エアゾール式吸入器(MDI)の場合):押してから吸うのが遅れると薬剤がうまく肺に届かず、口の中に付着して終わってしまいます。
・息を吐かずにいきなり吸入を始めてしまう:吸入前に一度息をゆっくり吐き切ってから吸わないと、十分な深さまで薬が吸い込めません。
・吸入後にすぐ息を吐いてしまう:薬剤を吸い込んだ後は10秒程度息を止めることで薬を気道に留め、浸透させる必要があります。高齢の方だと息苦しく感じる場合には、無理のない範囲で可能な限り薬を留める時間を作りましょう。
上手に吸えない方は「スペーサー(吸入補助器具)」の活用をおすすめします。
スペーサーを使うと、タイミングを合わせる必要がなくなり、薬剤が霧状のまま一時的に溜まるのでゆっくり吸うだけで確実に肺に届けられます。
特に握力や吸う力が弱くタイミングが取りにくい高齢者には有用です。
【参考情報】「吸入するときのポイント」東京都アレルギー情報navi
https://www.hokeniryo1.metro.tokyo.lg.jp/allergy/faq/asthma_adults.html#q03
【参考情報】“Self-Care for Asthma-Using Your Inhaler” by Centers for Disease Control and Prevention
https://www.cdc.gov/asthma/caring/index.html
3-2. 症状が軽いと中断してしまう
中高年の患者さんによく見られる誤解の一つに、「調子が良いから吸入薬は必要なときだけで十分」という考えがあります。
しかし、これは大きな間違いです。
喘息の気道炎症は症状がなくても持続しており、COPDの気道閉塞も日々進行しうる状態です。
症状が軽い日でも吸入薬を中断してしまうと、知らないうちに炎症が悪化して次の発作を起こしやすくなります。
特に吸入ステロイド薬は症状がないときこそ毎日続けて炎症を抑え込むことが大切な薬です。
自己判断での中断・減薬は、「気道過敏性」が高まって次の発作が起こりやすくなるばかりか、長年の炎症で気道が硬く狭くなる気道リモデリングという変化につながる恐れもあります。
一度リモデリングが起こると元に戻せないため、将来的に治療効果が出にくくなってしまうこともあるのです。
また、「発作時の薬さえ使えば普段はいいのでは?」という考えも危険です。
発作治療薬は一時的に気管支を拡げ症状を和らげますが、炎症そのものは治せません。
気道の炎症が残ったままになるため症状を繰り返し、むしろ悪化していくことが指摘されています。
実際、短時間作用の吸入薬を乱用してコントロールしようとすると、喘息死のリスクが高まるという報告もあります。
「症状がない=治った」ではないことを肝に銘じ、症状が落ち着いている時こそ油断せずにコントローラー(長期管理薬)を続けましょう。
3-3. その他の注意点
吸入薬にはさまざまな器具があり、お使いの吸入器の種類に応じた正しい扱いが必要です。
使用方法:
ドライパウダー吸入器(DPI):吸う力が必要なので、息を強めに吸い込むことがポイントです。(吸気が弱い方には不向き)
定量噴霧式吸入器(MDI):使用前によく振り、噴霧と同時にゆっくり吸うことが重要です。
ソフトミスト吸入器:初回使用時の準備操作やカートリッジ交換のタイミングなど取扱説明を確認しましょう。
保管方法:
高温・直射日光を避ける:特にエアゾール式の吸入器は高温下で破裂の危険もありますので、車内放置などは厳禁です。
湿気を避ける:粉末タイプは湿気に弱いため、蓋をしっかり閉め、浴室など湿度の高い場所を避けて保管してください。
吸入の順番:
複数の吸入薬を処方されている場合は吸入する順番も確認しましょう。
一般的には「気管支拡張薬 → 抗コリン薬 → ステロイド薬」の順で吸入すると効果的とされています。
先に気管支を広げる薬を吸うことで、後から吸うステロイド薬が末梢の気道まで届きやすくなります。
4. よくある副作用とその予防法

吸入薬の場合は正しく使えば重篤な副作用は稀であるとされていますが、長く安全に治療を続ける為に副作用とその予防法について知っておきましょう。
4-1. 吸入ステロイド薬(ICS)の副作用
吸入ステロイド薬は全身への影響が少ない反面、口腔や喉に薬剤が残ることによる副作用が起こることがあります。
代表的な副作用:
口腔カンジダ症:吸入後にステロイドの微粒子が口腔や咽頭に付着したままだと、真菌(カビ)の一種であるカンジダが増殖し、舌や喉に白い苔のような膜ができてしまうことがあります。
喉の違和感・声がれ(嗄声):吸入薬が声帯付近に付着すると声がかすれる嗄声が生じることがあります。
予防方法:
吸入直後のうがいが最も効果的です。
ブクブクうがい(口をすすぐ)とガラガラうがいをそれぞれ2~3回ずつ行い、口腔内に残った薬剤をしっかり洗い流しましょう。
うがいが難しい小さなお子さんやご高齢の方は、水やお茶を飲んで喉を潤すだけでも効果があります。
4-2. LABA・LAMAの副作用
気管支拡張薬であるLABAやLAMAは、全身性の副作用は少ないものの、交感神経や副交感神経に作用する関係でいくつかの症状が現れることがあります。
LABAの副作用:
手のふるえ(振戦)、動悸・頻脈:交感神経が刺激されることで心拍数が上がったり、骨格筋が活発になるために起こります。
LAMAの副作用:
口の中の乾燥(口渇)・尿が出にくくなる:特に口内乾燥は抗コリン薬で比較的よくみられる副作用ですが、吸入後にうがいをしたり、水分をしっかり補給することである程度防ぐことができます。
これらの副作用は軽度で一過性である場合がほとんどですが、日常生活で気になる場合は遠慮なく医師に伝えてください。
4-3. その他の副作用と全身への影響について
吸入薬は主に肺に作用するため、通常の使用範囲では全身的な副作用はほとんど心配いりません。
ただし、ステロイドの高用量を長期に使っている場合などには、ごく稀に副腎(ホルモンの臓器)の機能抑制や骨密度の低下が報告されることがあります。
ただ、多くの研究で「吸入ステロイドは適切な量で使えば長期でも安全」と確認されています。
逆に、怖がって薬を勝手に中断する方が病気を悪化させてしまい、結果的に全身への影響が大きくなるリスクがあります。
医師の指示のもと正しい手順で吸入すれば、副作用は最小限に抑えられますのでご安心ください。
【参考情報】「正しい吸入方法を身につけよう」環境再生保全機構
https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/basic/adult/control/inhalers/feature01.html
5. 吸入薬の中断・変更時の注意点

「調子が良いから薬をやめたい」「別の薬に変えたい」そう思うときこそ注意が必要です。
吸入薬の中断・変更は、自己判断で行うと思わぬリスクを招きます。
5-1. 勝手な中断はNG!
喘息やCOPDは慢性疾患であり、症状が落ち着いていても薬でコントロールしている状態です。
「症状がない=治癒」ではありません。
特に喘息では、気道の慢性炎症は症状がなくても続いているため、医師の許可なく吸入ステロイドを中断すると数週間以内に炎症が再燃し悪化することが知られています。
その結果、発作が再発・増悪して入院が必要になるリスクも高まる場合もあるのです。
実際、喘息で命を落とすケースの多くは治療中断や不十分な管理が背景にあると報告されています。
厚生労働省の指針でも、喘息死を防ぐために日頃からの吸入ステロイド継続が重要と強調されています。
喘息の死亡例の約90%は60歳以上が占めるとも言われ、中断によるリスクは高齢者で特に深刻です。
今後も元気に生活を続けていくために、治療を自己中断しない習慣を身につけましょう。
定期的に通院し、お薬手帳などで薬の管理を受けることで「うっかり中断」を防ぐこともできます。
【参考情報】:『成人喘息の基礎知識』環境再生保全機構
https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/basic/adult/case/senior.html
5-2. 薬を変更するとき:切り替えのコツと注意
「うまく吸えないから別の吸入器の薬に替える」「副作用が出たので違う薬に替える」主治医の判断で吸入薬の種類やデバイスを変更することがあります。
変更の際には医師や薬剤師の指示をよく聞き、正しい切り替え手順を守りましょう。
薬によっては一定期間の併用期間を設けて徐々に新しい薬に移行する場合や、古い薬を急にやめないよう注意が必要な場合があります。
薬を変更した後は、経過の観察も重要です。
新しい薬の効果や副作用の有無を確認するため、しばらくは症状の日記をつけたり、ピークフロー値を測定したりしてみましょう。
高齢の方は複数の病気で複数の薬を飲んでいる場合もありますので、新しい薬との飲み合わせにも注意が必要です。
市販薬や他科の薬の申告も忘れずにしてください。
また、器具が変わる場合は、新しい吸入器の使い方をしっかり練習しましょう。
【参考情報】「喘息予防・管理ガイドライン2021」日本アレルギー学会
https://www.jstage.jst.go.jp/article/arerugi/72/3/72_214/_article/-char/ja/
6. おわりに
吸入薬は喘息・COPDなどの呼吸器疾患で「効果が高く副作用が少ない」頼もしい味方です。
正しい使い方を身につけ、毎日の治療を続ければ、発作を防ぎながら通常に近い生活を送ることも十分可能です。
薬と上手に付き合い、定期的に受診していくことで、これからも笑顔で呼吸器の健康を守っていきましょう。