急性呼吸不全の基本情報

急性呼吸不全とは、突然呼吸困難が生じ、必要な酸素が十分に供給されない状態のことです。肺炎や急性肺血栓塞栓症などのさまざまな原因によって引き起こされます。
呼吸は私たちの生命活動に欠かせない重要な機能です。
通常、私たちは意識せずに呼吸をしていますが、急性呼吸不全が起こると、この当たり前の行為が突然困難になります。その為、患者さんやご家族にとっては非常に不安な経験となることが少なくありません。
適切な診断と治療が必要であるため、早期の医療機関受診が重要です。とくに高齢者の方や基礎疾患を持つ患者さんにとって危険な状態であり、迅速な対応が必要です。
この記事では、急性呼吸不全の特徴や原因、症状、検査、治療についてご紹介いたします。
1. 急性呼吸不全の特徴
急性呼吸不全は、医学的には動脈血中の酸素分圧が60mmHg未満、または動脈血酸素飽和度が90%未満になった状態と定義されています。この状態が急激に(数時間から数日の間に)発生した場合を急性呼吸不全と呼びます。
酸素が血液中に十分に取り込まれず、体内の組織や臓器に悪影響を及ぼす状態です。
急性呼吸不全には以下のような重要な特徴があります。
・突然の発症
急性呼吸不全は多くの場合、前兆なく突然発症します。患者さんは急に息苦しさを感じたり、呼吸が浅くなったりする急な症状により、強い不安感を伴うことがあります。
・多様な原因
急性呼吸不全を引き起こす原因は非常に様々なものがあります。例えば、感染症や外傷、心疾患などです。原因の特定が治療の第一歩であり、適切な対応を迅速に開始するためには、原因の見極めが非常に重要です。
・重症化のリスク
高齢者の方や持病を抱える方ではとくに、急性呼吸不全が重篤化するリスクが高いため、早期の発見と治療開始が欠かせません。状態の悪化を防ぐためには、専門的な治療と迅速な医療対応が必要です。
・酸素供給の低下
急性呼吸不全で最も特徴的な症状のひとつは、体内への酸素供給が著しく低下することです。
酸素不足により、脳や心臓をはじめとする主要な臓器に深刻な影響が及ぶ可能性があります。酸素欠乏には、迅速な酸素療法などの対応が必要です。
・二酸化炭素の蓄積
急性呼吸不全の一部では、体内に二酸化炭素が過剰に蓄積するケースも見られます。とくに慢性閉塞性肺疾患(COPD)の急性増悪時に顕著で、適切なガス交換が行われなくなることで、このような状態に至ります。
急性呼吸不全の原因となる病気はさまざまですが、主な原因として以下のようなものがあります。
・肺炎: 細菌やウイルスによる感染症で、肺の炎症を引き起こします。これにより肺胞でのガス交換が妨げられます。肺炎はとくに高齢者の方や免疫力の低下した方に多く見られ、急性呼吸不全の主要な原因のひとつです。
・ARDS(急性呼吸促迫症候群): 重篤な肺障害であり、多くの場合、外傷や感染症などによって引き起こされます。肺の毛細血管が損傷を受け、肺胞に液体が漏出することで、ガス交換が著しく障害されます。
・自然気胸: 肺に穴が開くことによって空気が漏れ出し、肺がしぼんでしまう状態です。とくに喫煙者の方や長身の若い男性に多く見られるのが特徴です。
・心不全: 心臓のポンプ機能が低下し、肺に水分がたまることで呼吸困難を引き起こします。左心不全では肺うっ血が生じ、ガス交換が障害されます。
・肺塞栓症: 血栓などにより肺動脈が閉塞され、肺への血流が遮断されることで起こります。突然の呼吸困難と胸痛が特徴的です。
・COPD(慢性閉塞性肺疾患)の急性増悪: 長期の喫煙などにより気道が狭くなった状態で、感染症などをきっかけに症状が急激に悪化することがあります。
・重症喘息発作: 気管支喘息の患者さんで、発作が重症化し、気道が著しく狭くなることで呼吸不全に陥ることがあります。
これらのように原因は多岐にわたりますが、共通しているのは呼吸機能への急激な影響です。急性呼吸不全において原因を特定することは、適切な治療を行う上で非常に重要です。
たとえば、肺炎が原因の場合は抗生物質治療が必要であり、心不全が原因の場合は心臓の機能改善が重要になります。
そのため、医療機関ではさまざまな検査を行い、原因の特定に努めます。
【参照文献】日本呼吸器学会『 H-01 急性呼吸不全・ARDS』
https://www.jrs.or.jp/citizen/disease/h/h-01.html
【参考文献】”Respiratory Failure” by Cleveland Clinic
https://my.clevelandclinic.org/health/diseases/24835-respiratory-failure
2. 急性呼吸不全の症状
急性呼吸不全の症状は非常に様々で、患者さん毎に異なりますが、一般的に多く見られるのは以下のような症状です。
・息切れ(呼吸困難)
急性呼吸不全の典型的な症状で、呼吸そのものが困難になる状態です。深く息を吸い込めず、患者さんは「息が苦しい」「胸が締め付けられるようだ」と感じることが多いです。
安静にしていても息切れが現れることがあります。とくに横になると悪化することがあり、夜間に呼吸がつらくなることも少なくありません。
勘違いしやすいのは呼吸困難と呼吸不全は完全に一致するものではないということです。
呼吸不全とは動脈血の酸素飽和度低下で定義される状態です。もちろん呼吸困難を併発することがほとんどですが逆に呼吸困難があるときには呼吸不全が必ずあるとはいえません。
呼吸不全は、呼吸器の機能が障害された比較的重篤な状態ですので、早急な原因検索治療が要求されます。
酸素飽和度計はコロナ流行時に一般に普及していますが手元にない方も多いと思いますので呼吸困難があるときには呼吸不全が存在するかどうか医療機関受診を早めに検討ください。
・息苦しさ(胸部圧迫感)
胸の重さや圧迫感を感じることも多く、「胸が重い」「息が詰まる」といった表現をする患者さんが多くいます。この症状は、からだを動かしたときに一層強く現れる傾向があり、日常動作にも支障をきたすことがあります。
・頻呼吸
呼吸が速く、浅くなることがあり、通常の呼吸数(成人の場合1分間に12〜20回)を超えて、急性呼吸不全時には1分間に30回以上に増えることもあります。これは酸素を取り入れようと努力する反応の一環です。
・チアノーゼ
酸素不足により、皮膚や唇が青紫色に変色することがあります。とくに重症の際に見られ、即時の対応が必要な症状です。とくに顔色の変化や唇の青紫色は、周囲の方も認識しやすいため、重要な観察ポイントとなります。
・意識障害
酸素が不足すると、脳への酸素供給が不十分となり、意識レベルが低下することがあります。軽度の酸素不足では集中力の低下や混乱が見られますが、重度になると昏睡状態に陥ることもあります。
・発汗
呼吸困難によりからだが酸素不足に対処しようとするため、発汗が増えることがあります。多くの場合、顔や首元に大量の汗が見られます。
・頻脈(動悸)
酸素不足を補うため、心臓が拍動数を増やして血液を送り出そうとし、動悸が強く感じられます。患者さんご自身が「心臓が速く打っている」と感じることがあり、重度の呼吸不全では頻脈が顕著です。
・不安感
呼吸が十分にできない不安から、強い焦りや恐怖を感じる状態になることがあります。不安感がさらに呼吸を浅くさせ、症状を悪化させる場合もあるため、精神的なサポートも重要です。
これらの症状は急速に進行する可能性が高く、非常に短い時間で以下のような段階的な変化が現れることがあります。ここからは、具体的な症状の進行についてみていきましょう。
1.軽度
・軽い息切れや疲労感を感じます。
・日常的な活動で息切れを感じることがあります。
・横になると息苦しさが増すことがあります。
2.中等度
・息苦しさを強く感じ始めます。
・会話中や歩行時に息切れを感じます。
・呼吸数が明らかに増加し、胸や腹部の動きが目立つようになります。
・酸素飽和度が低下し始めます(95%未満)。
3.重度
・安静時でも強い息切れを感じます。
・チアノーゼ(皮膚や唇は青紫色に変化する状態)が現れることがあります。
・意識障害が現れることがあります。
・呼吸数が著しく増加し(30回/分以上)、呼吸補助筋を使用した呼吸が見られます。
・酸素飽和度が90%未満に低下します。
急性呼吸不全の進行状況を把握することで、ご自身や周囲の人々の健康状態をより良く理解し、適切な対応を取ることができます。
とくに、軽度から中等度への移行を早期に認識し、医療機関を受診することが重要です。
症状は、原因疾患によっても異なる特徴があります。
たとえば、肺炎の場合は発熱や咳、痰の増加なども見られ、心不全の場合は下肢の浮腫などがみられることがあります。
そのため、これらの随伴症状(主な症状に付随して現れるほかの症状)にも注意を払うことが大切です。
また、患者さんの年齢や基礎疾患によっても症状の現れ方が異なります。
高齢者の方では典型的な症状が現れにくいことがあり、その代わりに食欲低下や全身倦怠感、軽度の意識障害などが主な症状となることもあります。そのため、高齢者の方の体調変化にはとくに注意が必要です。
【参考文献】”Symptoms” by National Institutes of Health
https://www.nhlbi.nih.gov/health/respiratory-failure/symptoms
3. 急性呼吸不全の診断・検査
ここからは、急性呼吸不全の主な診断方法をご紹介しましょう。
検査方法で最も一般的なのは動脈血ガス測定です。動脈血ガス測定では血液中の酸素や二酸化炭素の量を測定し、呼吸機能を確認します。
1.動脈血ガス測定
血液中の酸素分圧(PaO2)と二酸化炭素分圧(PaCO2)を測定します。この結果から呼吸機能の状態を把握します。急性呼吸不全では、PaO2が60mmHg未満、または動脈血酸素飽和度(SaO2)が90%未満になります。
2.胸部X線検査
肺の状態を視覚的に確認するために行われます。肺炎や気胸などの異常を特定する助けになります。また、心不全による肺うっ血の有無も確認できます。
3.CTスキャン
より詳細な画像を得るために用いられることがあります。特定の病変や異常を確認する上で有用です。肺塞栓症の診断にも役立ちます。
4.心電図
心臓の状態を確認するために行われます。心不全や不整脈の有無を調べます。
5.血液検査
炎症マーカー(CRPなど)や血球数、電解質バランスなどを確認します。また、D-ダイマーなどの検査で肺塞栓症のリスクを評価することもあります。
6.パルスオキシメトリ
指先や耳たぶに装着するセンサーで、皮膚や組織を傷つけることなく、安全に血中酸素飽和度を測定します。連続的なモニタリングが可能です。
7.肺機能検査
呼吸機能を詳細に評価するために行われることがあります。ただし、急性期には患者さんの状態によって実施が難しいこともあります。
診断は、まず症状について詳しく聞き取る問診から始まります。
問診では、現在の症状の経過や、過去の病歴、生活習慣(とくに喫煙歴など)、最近の体調の変化について確認し、呼吸不全の可能性や原因に関する初期情報を得ます。
続いて、呼吸音や心音を聴診器で確認します。
この際、呼吸数、心拍数、血圧、体温といった基本的なバイタルサインも測定します。また、皮膚や唇が青紫色になっていないか(チアノーゼの有無)や、呼吸補助筋を使って呼吸していないかなど、呼吸不全を示す兆候がないか細かく観察します。
さらに必要な検査として、患者さんの状態や緊急度に応じて動脈血ガス測定やX線検査を行います。
検査結果が出たら、総合的に判断して診断を確定します。急性呼吸不全が確認された場合、さらにその原因疾患を特定することが重要です。
診断が確定した後は、急性呼吸不全の重症度を評価します。この際、動脈血ガス分析の結果や呼吸数、心拍数、血圧といったバイタルサインが重症度判断の基準となります。
最後に、診断結果と重症度評価に基づき、適切な治療方針を決定します。
軽度の急性呼吸不全の場合、酸素療法のみで対応できる場合もありますが、重度の場合は人工呼吸器の使用が必要になることもあります。
また、急性呼吸不全の診断においては、類似した症状を示すほかの疾患との鑑別も重要です。たとえば、以下のような疾患との鑑別が必要です。
1.パニック障害
急性の不安発作で呼吸困難を感じることがありますが、動脈血ガス分析では通常、異常は見られません。
2.気管支喘息
喘鳴を伴う呼吸困難が特徴ですが、適切な治療により比較的速やかに改善することが多いです。
3.過換気症候群
精神的ストレスなどが原因で呼吸が速くなり、めまいや手足のしびれを伴うことがありますが、動脈血酸素分圧は正常か、むしろ高値を示します。
4.慢性呼吸不全の急性増悪
慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの患者さんで、感染症などをきっかけに症状が急激に悪化することがあります。
5.神経筋疾患(しんけいきんしっかん)
重症筋無力症やギラン・バレー症候群などの神経筋疾患でも、呼吸筋の麻痺により急性呼吸不全を引き起こすことがあります。
このように、急性呼吸不全の診断は複雑で、多くの要因を考慮する必要があります。患者さんやご家族も、症状や経過について詳しく医療スタッフに伝えることが、適切な診断と治療につながります。
【参考文献】”Diagnosis” by National Institutes of Health
https://www.nhlbi.nih.gov/health/respiratory-failure/diagnosis
4. 急性呼吸不全の治療
治療は主に酸素療法と人工呼吸による呼吸補助が中心となります。酸素供給は生命維持に不可欠であり、必要に応じて人工呼吸器を使用します。また、原因疾患への対応も併せて行われます。
主な治療方法をご説明しましょう。
1.酸素療法
酸素マスクや鼻カニューレを用います。これにより血中酸素濃度を改善します。最も基本的な治療法で、多くの場合これだけで症状が改善することがあります。ただし、過剰な酸素投与は有害な場合もあるため、適切な濃度管理が重要です。
2.人工呼吸器管理
自力で十分な換気ができない場合には人工呼吸器を使用します。人工呼吸には侵襲的(挿管)および非侵襲的(マスク型)の方法があります。
・非侵襲的陽圧換気(NPPV): マスクを通じて圧力をかけた空気を送り込みます。意識がある程度保たれている患者さんに適しています。
・侵襲的人工呼吸: 気管内挿管や気管切開を行い、直接気道に空気を送り込みます。重症例や意識障害がある場合に選択されます。
3.薬物療法
原因疾患によっては抗生物質やステロイドなどが使用されることがあります。また心不全の場合には利尿剤なども用いられます。
・抗生物質: 細菌性肺炎が原因の場合に使用します。
・ステロイド: ARDS(急性呼吸促迫症候群)や重症喘息などの場合に使用することがあります。
・気管支拡張薬: 喘息やCOPDの急性増悪時に使用します。
・利尿剤: 心不全による肺うっ血の改善に使用します。
4.体位療法
重症の急性呼吸不全では、うつ伏せ位(腹臥位)をとることで酸素化を改善できることがあります。
5.栄養管理
適切な栄養摂取は回復に重要です。経口摂取が難しい場合は、経管栄養や静脈栄養が行われます。
6.リハビリテーション
回復期にはリハビリテーションも重要です。筋力低下を防ぎ、生活機能を回復させるために専門的なサポートが行われます。早期からのリハビリテーションは、入院期間が短くなり、回復も良くなります。
【参考文献】”ARDS” by Mayo Clinic
https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/ards/symptoms-causes/syc-20355576
5. おわりに
急性呼吸不全は迅速な対応が求められる重篤な状態です。
症状はさまざまであり、日常生活で異変を感じた際には、すぐに医療機関へ相談することが大切です。適切な治療により多くの場合改善が見込めます。
また、ご自身やご家族の日常的な健康管理も重要です。定期的な健康診断や予防接種なども考慮しましょう。